ラトバラの優勝とラッピの4位入賞によりポイントを重ね
WRC復帰2年目でマニュファクチャラーズタイトルを獲得
大勢の観客が見守る中、カーナンバー7のヤリスWRCを駆るヤリ-マティ・ラトバラが最終ステージをフィニッシュ。その瞬間、ラトバラは昨年の第2戦ラリー・スウェーデン以来となる優勝を手にした。コ・ドライバーのミーカ・アンティラと共にヤリスWRCのルーフ上に立ったラトバラは、少しはにかんだ笑顔で勝利をファンに報告。フィニッシュエリアで彼の到着を待っていたTOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamのスタッフ達は、惜しみない拍手を彼らに送った。チームにとってはシーズン5回目の優勝であり、トヨタにとっては記念すべきWRC50勝目が刻まれた瞬間だった※1。そしてWRC復帰2年目でのマニュファクチャラーズタイトル決定※2に、森の中のポディウムは祝祭のムードに包まれた。「タイトル獲得はチーム全員の努力によって成し遂げられた。支えてくれた人々全員のおかげだ」とチーム代表であるトミ・マキネンは、スタッフとファンに対し感謝の言葉を述べた。
タイトル獲得に向けて好スタートを切る
1999年以来となるWRCマニュファクチャラーズタイトル獲得は、優勝という最高の形で成し遂げられた。ランキング2位のライバル陣営に対し、12ポイントのリードを持ってチームは最終戦ラリー・オーストラリアに臨んだ。直近の2戦では勝利を逃したが、クルマの仕上がりはとても良く、オーストラリアのグラベル(未舗装路)ステージでもヤリスWRCは高いパフォーマンスを発揮。ラリー開始直後から、3人のドライバーは表彰台を狙える位置につけた。
オーストラリアでのチームのメインターゲットは、タイトルの獲得。有利な状況にあったマニュファクチャラーズだけでなく、オット・タナックのドライバーズタイトルも数字の上ではまだ可能性を残していた。優勝しパワーステージでフルポイントを獲得したとしても、自力での王座獲得はならない状況ではあったが、それでもタナックは希望を捨てず、勝利を目指し攻めの走りを続けた。競技初日デイ1の路面は全体的にドライで、ルーズグラベルに覆われた道は非常に滑りやすく、出走順が早い選手に不利な路面コンディションとなった。出走順はドライバー選手権の上位からとなり、タナックがタイトルを争うふたりのライバルは、総合7位以下の順位に留まった。しかしタナックはデイ1で2本のベストタイムを記録。首位と16.9秒差の総合5位につけ上々のスタートを切った。
予想外のトラブルを乗り越え総合1位に
デイ2の早朝、さらなるポジションアップを狙うタナックのクルマに異変が起きた。パルクフェルメ(車両保管場所)でクルマが始動せず、彼らは手でクルマを押し動かして朝のサービスに入った。朝のサービスは僅か15分と短い。限られた時間内でトラブルを解決すべく、チームは問題が疑われる油圧系部品の交換を決断した。かなり大きな作業であり、十分とはいえない時間しかなかったが、メカニック達は抜群の集中力と正確な仕事で制限時間内に交換作業を完了。タナックはペナルティを受ける事なく、メカニック達に感謝の気持ちを捧げ最初のステージへと向かった。
デイ1で総合5位となった事により、デイ2でのタナックの出走順は比較的後方となり出走順の不利はかなり解消された。その結果、タナックは6本のSSベストタイムを記録するなど本来のスピードを遺憾なく発揮し、ついに首位に浮上した。しかし、選手権リーダーのセバスチャン・オジエは総合6位につけ、タイトル防衛に必要なポイント圏内にいる。経験豊富な5年連続王者オジエに少しでもプレッシャーをかけるべく、タナックは最後までアグレッシブな姿勢を貫く決意を固めた。
最後まで攻めの姿勢を貫くもタナックの逆転王者はならず
最終日のデイ3が開始した時点で首位はタナック。それを21.9秒差で総合2位のラトバラがフォローする。しかし、総合3位ヘイデン・パッドンが4.4秒差でラトバラに迫り、リードは十分とはいえない。タナックが逆転タイトルを実現するためには、最後まで攻め続けるしかない状況だった。前日から断続的に降る雨により、森の中の道は一部が泥状となり非常に滑りやすくなっていた。そのような路面では後方スタートの選手が不利であり、11番手スタートのタナックは小さなトラブルやミスで少し遅れをとり、SS20で首位の座をラトバラに明け渡してしまった。
優勝を狙い最後のステージまでタイトル獲得の望みを繋ぐか、それとも2位の座を受け入れ刀を鞘に収めるか。判断が非常に難しい状況で、タナックは最後から2本目のステージとなるSS23をスタートした。SS23は全体的に路面が滑りやすくなっており、多くのドライバーがアクシデントでクルマにダメージを負った。残念ながらタナックもその一人となってしまった。滑りやすい路面に足をすくわれ、左コーナーでコーナリングラインが膨らみコースアウト。その際、サスペンションにダメージを負い、彼の2018年の戦いは終わった。
「自分もかつてドライバーだったし、過去に同じような経験をしているからオットの心情はよく理解できる。しかし、彼は今シーズン誰よりも速く、チームは彼の加入によってさらに成長した。きっと、来年はより強くなったオットの姿を見る事ができるだろう」と、マキネン代表はドライバーズランキング3位でシーズンを終えた、タナックの労をねぎらった。
ラッピがヤリスWRCで戦う最後のラリーで活躍
タナックが戦列を去った事によって、ラトバラとラッピにはマニュファクチャラーズタイトルのプレッシャーが大きくのし掛かった。タナックのリタイアで選手権ライバルチームのパッドンが総合2位に浮上したからだ。残るステージは1本、依然有利な状況にあるとはいえまったく油断はできない。総合4位につけるラッピは、集中力を一段と高めて最後のSS24へと臨んだ。
ラッピにとって、SS24はヤリスWRCで走行する最後のステージだった。2017年の母国戦ラリー・フィンランドでは、ヤリスWRCで記念すべき初優勝を飾った。大きな思い入れがある「愛車」との最後の冒険に向かうにあたり、ラッピはこの日最後のサービスでコ・ドライバーのヤンネ・フェルムと共にヤリスWRCに付着した泥を落とし、ボディを磨いた。「頼むぞ、相棒」という想いが伝わったのだろうか、カーナンバー9のヤリスWRCはラッピを無事総合4位へと導き、マニュファクチャラーズポイントを加算。ラッピはチームでの最後の大仕事を完璧に成し遂げた。
今シーズンは優勝こそなかったが、3度の表彰台を含む上位フィニッシュを重ね、マニュファクチャラーズタイトルの獲得に大きな役割を果たした。また、自身もドライバーズ選手権5位となり、前年の11位から大きく順位を上げた。WRCドライバーとして格段の成長を遂げたラッピは来季ライバルチームに移り、きっと強力な競争相手となるだろう。2シーズンに渡る彼の多大な貢献に感謝をし、これからの活躍にエールを送りたい。
トリッキーな路面でラトバラが久々の優勝を果たす
最終ステージを5番手タイムで走り抜けたラトバラの表情は、歓喜よりも安堵の色のほうがより濃かった。今シーズンの前半は、3位に入ったラリー・モンテカルロを除くと厳しい戦いが続いた。後半戦に入り復調を果たし総合2位に2回入ったが、あと1歩のところで優勝には届かず。「今年は勝てないかもしれない」とラトバラは覚悟をした。2008年に史上最年少でWRC優勝を果たして以降、少なくとも1シーズンに1回は勝ってきた。その記録が途絶えようかという最終戦で、ラトバラは抜群の速さを示し大切な勝利を手にしたのだ。ラリー最終日のデイ3では半分にあたる3ステージでベストタイムを記録。トリッキーな路面コンディションでの巧さと速さが光った。そして、言うまでもなく彼が獲得した多くのポイントが、マニュファクチャラーズタイトル獲得の礎となった。
目標であったマニュファクチャラーズタイトルを獲得し、マキネン代表は「約3年半前にプロジェクトを立ち上げて以降、自分達が考えていた以上の速さでチームとクルマは進化した。しかし、まだまだ課題はありクルマの開発に終わりはない。来年はマニュファクチャラーズタイトルに加え、ドライバーズタイトルも確実に獲得するため、さらに力を入れてシーズンに臨む」と、激動の2018年を締めくくった。
参戦2年目でヤリスWRCは大きな進化を遂げた
マキネン代表の言葉にもあるように、ヤリスWRCは今年多くのラリーで優勝を争い、タナックが4勝を、ラトバラが1勝を飾った。WRC復帰1年目だった昨シーズンは、経験とデータが不足していた事もあり、いくつか大きな弱点も抱えていた。エンジンの力が路面に伝わりにくい状態、すなわちトラクション不足は2017 年のいくつかのラリーで問題となったが、開発テストでエンジニアとドライバーが懸命に作業に取り組んだ結果、今シーズンは大きく改善された。優勝こそ逃したが、トラクションがかかり難い路面が続いたラリーGB(グレートブリテン)で、タナックとラトバラがラリーをリードしたという事実は、クルマの大きな進化を物語る。また、テストでは厳しいコンディション下でメカニック達が何度も何度もテスト用のパーツを交換し、開発を力強くサポートした。彼らの迅速かつ正確な作業があったからこそ、クルマは着実な進化を遂げたのだ。
ドライバーの声を聞き「扱いやすさ」を格段に高めたエンジン
改良型のエンジンもヤリスWRCの躍進に大きく貢献した。ドイツのTMG(トヨタ・モータースポーツGmbH)が開発を手がけた1.6リッター直列4気筒直噴ターボエンジンは、WRC復帰初年度から高いパフォーマンスを発揮していた。しかし、ドライバーからの「いかなる状況でも力を発揮する、扱いやすいエンジンにして欲しい」という要望に応え、主に中低速域でのパワー&トルク、そしてドライバビリティを改善。チームにとってのホームイベントである第8戦ラリー・フィンランドで投じた改良型のエンジンは、絶対的なパフォーマンスだけでなく扱いやすさも格段に向上し、シーズン後半戦のチームの躍進を力強く支えた。また、エンジンライフのマネージメントも精度がさらに高まり、ラリー・オーストラリアではエンジニアの微妙な調整作業により最後まで高い性能を保ち続けた。エンジンの進化もまた、マニュファクチャラー王座獲得の大きな要素のひとつである。
ダブルタイトル獲得のためにはさらなる成長が必要
一方で、いくつか課題が残ったのも事実である。第3戦ラリー・メキシコでは、十分な対策をしたつもりで臨むも、冷却性能が不足し2年連続でオーバーヒートを経験した。ただ、さらなる対策を施して戦った第10戦ラリー・トルコでは、やはり灼熱のラリーであったにも関わらず熱問題はほぼ出なかった。デンソー製のラジエータを新たに採用するなど、様々な改善を推し進めた事で一定の成果を確認できたといえる。言うまでもなく、来季ダブルタイトルを実現するためには、メキシコでのオーバーヒートは絶対に許されない。冷却システムのさらなる改善を、来年3月のラリー・メキシコまでに達成する必要がある。
耐衝撃性にも課題が見つかった。今季タナックは路面から車両下部への衝撃で冷却系にダメージを受け、勝てるはずのラリーをいくつか失った。路面からの入力を受け止める「アンダーガード」が、十分な強度を備えていなかった事がその主な原因である。3人のドライバーの中で、タナックだけがそのような問題に度々遭遇したのには理由がある。彼はハンドリング性能を最優先するため、他のドライバーよりも少し車高を低く設定する事が多かったからだ。単純にアンダーガードのボリュームを増やせば強度は高まるが、その分だけクルマのフロント部が重くなり、前後重量配分が変わりハンドリングにマイナスの影響が出やすい。それを懸念しチームはアンダーガードを含む下まわりの強化を開発の最優先課題から外したのだが、結果的にその判断は正しくなかった。終盤戦のラリー・スペインではアンダーガードを効率的に強化し十分な効果が確認されたが、今後もパフォーマンスと耐久性のバランスポイントを正しく見極めていく必要があるだろう。
タイトルを獲得しても開発に終わりはない
同じラリーでも、年ごとにステージは変わり、天候の変化により路面コンディションが激変する事も多い。また、ステアリングを握るドライバーによってもセッティングは大きく変わってくる。そういった様々な変化にフレキシブルに対応し、正解を探し続けなければならないのがラリーの難しさであり、面白さでもある。来季はラッピに代わり、ベテランのクリス・ミークがチームの一員となる。タナックの加入でクルマの進化が加速したように、ミークによってまた新たなるノウハウがもたらされるだろう。「もっといいクルマづくり」に終わりはない。さらなる高みを目指し、来季に向けてチームは一丸となり勇往邁進する。
※1ワークスチームとして出場し優勝した1975年の1000湖ラリー(フィンランド)以降。
※2 FIAの公式結果発表をもって正式決定
RESULT
WRC 2018年 第13戦 ラリー・オーストラリア
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム |
---|---|---|---|---|
1 | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC | 2h59m52.0s |
2 | ヘイデン・パッドン | セバスチャン・マーシャル | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +32.5s |
3 | マッズ・オストベルグ | トシュテン・エリクソン | シトロエン C3 WRC | +52.2s |
4 | エサペッカ・ラッピ | ヤンネ・フェルム | トヨタ ヤリス WRC | +1m 02.3s |
5 | セバスチャン・オジエ | ジュリアン・イングラシア | フォード フィエスタ WRC | +2m30.8s |
6 | エルフィン・エバンス | ダニエル・バリット | フォード フィエスタ WRC | +3m05.1s |
7 | クレイグ・ブリーン | スコット・マーティン | シトロエン C3 WRC | +8m59.0s |
8 | アルベルト・ヘレル | ホセ・ディアス | フォード フィエスタ R5 | +22m28.5s |
9 | スティーブ・グレニー | アンドリュー・サランディス | シュコダ ファビア R5 | +27m01.8s |
10 | ジョーダン・セルデリディス | ララ・ヴァンネステ | フォード フィエスタ WRC | +35m14.1s |
R | オット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリスWRC |