RALLY CHILE
WRC 2019年 第6戦 ラリー・チリ
サマリーレポート
昨年、オィット・タナックがチーム加入後最初の優勝を飾ったラリー・アルゼンティーナで、TOYOTA GAZOO Racing WRTはシーズン2回目の勝利を実現すべく戦った。昨年に続きタナックは優勝争いに加わり、一時トップを快走。その後ドライブシャフトにトラブルを抱えて順位を下げたが、圧巻の走りで遅れを取り戻し、十分に逆転優勝可能な位置まで挽回した。電気系に問題が発生したのは、その直後のことだった。バッテリーに電気を充電するオルタネータの接続部に不具合が起き、電圧が低下。タナックはSSの途中でクルマを止め、逆転優勝のチャンスを失った。
優勝できたはずのラリーを、またしてもクルマのトラブルで落とし、エンジニアを始めとするチームのスタッフは、選手に対して申し訳ない気分でいっぱいだった。クルマにスピードがあるのは間違いないが、信頼性は足りていない。もちろん、エンジニアはトラブルが起きないように細心の注意を払ってクルマを準備し、メカニックたちも慎重にクルマを組み上げた。それにも関わらず、本当に小さなトラブルで勝機を失ってしまった。この閉塞的な状況を、何としてでも打破しなければならない。一刻も早く。チームのエンジニアは、それぞれがアルゼンチン終了直後から、問題の解決に向けて行動を開始した。
今年1月からテクニカルコーディネーターとしてチームに加わった近藤慶一は、以前トヨタ自動車で量産車開発に従事していた。チーム加入直後は、量産車とは大きく異なる、ラリーカー開発の仕事の進めかたに驚きを感じたが、開発スピードや判断の早さなど学ぶことは多く、自動車エンジニアとしての経験値をさらに高めた。しかし、同時に量産車開発の優れた部分を、ラリーカーの開発にも活かせるのではないかとも考えていた。そして、アルゼンチンで想定外ともいえる電気系の問題が起きたことを受けて、近藤はトヨタ自動車の電気系エンジニアに協力を求めた。
ラリー・アルゼンティーナの翌週、日本はまだ大型連休の真っただ中だった。しかし、1週間後には第6戦ラリー・チリがすぐに始まる。チリでもまた思いも寄らぬトラブルが起きてしまったら、選手権争いにおいて取り返しがつかない事態になりかねない。1週間の間に、少しでもクルマの信頼性を高めたい。そう思う近藤の熱意と危機感がトヨタ自動車のエンジニアに伝わり、彼らは快く協力を申し出た。南米から遠く離れた日本で、電気系に関して起こり得る問題をいくつかリストアップ。その中で優先順位をつけ、チームに見直しおよび確認作業を提案した。時間的にも規則的にも新しい部品を投入することはほぼ不可能だが、それでも改善できることは多くある。そのひとつが、電気系部品を装着する際の「締めつけトルクの見直し」だった。
例えば、タイヤをクルマに装着する際、ホイールを留めるナットの締めつけトルクは、適正値が決まっている。トルクレンチと呼ばれる、締めつけトルクを任意に設定できるレンチで「カチッ」と音がするまで締め込めば、それが適正値となる。重要なのは適正値をどこに設定するかであり、そこに考えかたの違いが現れる。電気系部品の締めつけトルクも同様であり、モータースポーツを専業とするチームは、まず計算によって理論値を導き出し、その後テストを重ねて不具合がないかを検証する。量産車開発においても、もちろん理論値は出す。しかし、長年に渡り大量に生産した市販車が、世界のあらゆる条件の道で、あらゆる使われ方をされてきた中で蓄積した経験と実績が、それを補完する。部品が外れない、緩まないようにするためには、締めつけを強くした方が良いように思われがちだが、一部を強く締め過ぎると全体のバランスが崩れ、他にマイナスの影響が出る可能性もある。その微妙な塩梅を知り尽くしている量産車開発エンジニアの目線で、改めてラリーカーの電気系部品の締めつけトルクを見直した。
締めつけトルクの見直しは提案の一例であるが、量産車開発目線によるいくつかの改善提案をチームは受け入れ、すぐに取り入れた。そして、結果的にラリー・チリではクルマの信頼性に関する問題は起きず、ドライバーたちは持てる力をフルに発揮。WRC初開催となったチリの道で、ヤリスWRCは速さと高い信頼感を示した。
ただし、量産車開発チームによる改善協力はまだ始まったばかりだ。6月には彼らがフィンランドに渡り、チームと共にさらに本格的な改善作業を進める。WRCの戦いは日々激しさを増し、クルマにかかる負荷はどんどんと高まっている。また、同じラリーでも路面のコンディションは毎年異なり、前年の大会で大丈夫だったから、今年も問題は起こらないと断言できないのが、自然の中で戦うモータースポーツの難しい部分である。トラブルを起こさないようにするためには、先回りをして、想定外の事態を予防しなければならないのだ。
持ち前のスピードに加えて、高い信頼感も得たヤリスWRCは、チリの未舗装路でその実力をいかんなく発揮した。オープニングのSS1ではヤリ-マティ・ラトバラとクリス・ミークがベストタイムを分け合い、続くSS2ではタナックがベストタイムで総合1位に浮上。以降、タナックは首位の座を最後まで守り続け、全16本のSSのうち6本でベストタイムをマーク。最終的には、2位に23.1秒差をつけ、第2戦ラリー・スウェーデン以来となる優勝を飾った。また、ボーナスの選手権ポイントがかかる、最終のパワーステージも制し、ボーナスの5ポイントを獲得。ドライバー選手権では、1位のセバスチャン・オジエと10ポイント差の2位に浮上し、ドライバーズタイトル争いの最前線に返り咲いた。
最後まで十分なリードを保った優勝を果たしたタナックだが、必ずしも余裕の勝利だったわけではない。総合2位につけていたオジエを始めとするライバルも非常に速く、ほんの少しでもペースを緩めれば一気に差を詰められてしまうような厳しい戦いだった。そのため、デイ1で総合2位のオジエに22.4秒差を築いたタナックは、デイ2でその差をさらに広げるべく、午前中のセクションでライバルと違うタイヤ戦略をとった。他の選手がスペアタイヤを1本しか搭載しなかったのに対し、タナックは2本搭載。重量面で25kg以上のハンデを負うことになるが、それ以上のアドバンテージが得られるはずだと、タナックと担当エンジニアは実践に踏みきったのだ。
チリのステージのグラベル路面は全体的にスムーズだが、タイヤの摩耗は予想以上に激しく、攻めた走りを続けると、やや軟らかめのミディアムタイヤは山がかなり削れてしまう。午前中は夜露や朝霧で路面が湿っているところが多く、気温も低いことから摩耗は比較的穏やかだろうと考える選手やチームが多かった。そのためタナック以外のワークス勢は、スペアタイヤ1本を含む計5本のミディアムタイヤでステージに臨んだ。対するタナックは、スペア2本を含む計6本のミディアムを選択。その戦略は奏功し、ライバルのタイヤが摩耗で厳しくなった午前中最後のSS9で、タナックはベストタイムを記録。総合2位オジエとの差を34.6秒に拡大した。午前中の3本のステージを走り終え、サービスパークに戻ってきたタナックのタイヤは、スペアの2本を含めて綺麗に摩耗していた。6本のタイヤの性能を、無駄なくフルに使い切ったのである。
タナックとチームのチャレンジは、それだけに留まらなかった。気温が上がりドライなセクションが増えた午後のステージは、ハードタイヤがマッチする路面コンディションとなり、ハード3本ミディアム2本の計5本で臨んだオジエを除く、ほとんどのドライバーがハード5本を選んだ。タナックもまたハード5本を予定していたが、サービスパークを出る直前に、5本のうち1本をミディアムに変更。ステージにはまだ一部濡れている部分があり、ミディアムが効果を発揮すると予想したのだ。その読みはまたしても当たり、タナックは一部路面が湿っていたSS11でベストタイムを記録した。
勝負の山場となったデイ2での2回のタイヤ戦略が成功をおさめ、タナックはリードを確実なものにした。2位に十分な差を築きながらも守りに入らず、戦略面でも攻めの姿勢を保ち続けた。それは勝負に対する、タナックとチームのチャレンジングスピリットの現れである。また、中盤まで総合2位の座をオジエと激しく争ったラトバラ、そして転倒でフロントガラスを失いながらもSS4番手タイムを刻んだミークも、最後まで気迫あるアタックを続けた。彼らふたりの頑張りは残念ながら最終リザルトには現れなかったが、あとひとつかふたつ、パズルのピースがカチリとはまれば、必ずや表彰台に立てるはずだ。
WRCは南米グラベルラリー2連戦が終わり、戦いの舞台はヨーロッパに移る。第7戦ポルトガル、第8戦イタリア(サルディニア)、第9戦フィンランドと、それぞれタイプが大きく異なるグラベルラリーがこれから3戦続く。シリーズ全体を考えると、山場ともいえる3戦だ。ラリー・チリで掴んだ良い流れを維持し、選手権争いでトップに返り咲くため、選手とチームと選手はさらなるハードワークでシリーズの中盤戦に臨む。
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム | |
---|---|---|---|---|---|
1 | オィット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリス WRC | 3h15m53.8s | |
2 | セバスチャン・オジエ | ジュリアン・イングラシア | シトロエン C3 WRC | +23.1s | |
3 | セバスチャン・ローブ | ダニエル・エレナ | ヒュンダイ i20クーペ WRC | +30.2s | |
4 | エルフィン・エバンス | スコット・マーティン | フォード フィエスタ WRC | +1m36.7s | |
5 | テーム・スニネン | マルコ・サルミネン | フォード フィエスタ WRC | +3m15.6s | |
6 | エサペッカ・ラッピ | ヤンネ・フェルム | シトロエン C3 WRC | +3m45.4s | |
7 | アンドレアス・ミケルセン | アンダース・ジーガー | ヒュンダイ i20クーペ WRC | +4m39.0s | |
8 | カッレ・ロバンペラ | ヨンネ・ハルットゥネン | シュコダ ファビア R5 | +7m52.5s | |
9 | マッズ・オストベルグ | トシュテン・エリクソン | シトロエン C3 R5 | +8m16.1s | |
10 | クリス・ミーク | セブ・マーシャル | トヨタ ヤリス WRC | +8m33.4s | |
11 | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC | +10m59.2s |