2019 Rd.7 RALLY PORTUGAL

WRC 2019年 第7戦 ラリー・ポルトガル

    WRC Rd.7 ラリー・ポルトガル サマリーレポート

    サマリーレポート

    不利な出走順とトラブルを乗り越えたタナックが
    ラリー・ポルトガルでシーズン3勝目を飾る

     南米グラベルラリー2連戦を終え、戦いの舞台は再びヨーロッパへと戻った。シーズン前半戦の最後を飾るのは、第7戦ラリー・ポルトガル。欧州での今季初グラベル(未舗装路)イベントとなるこの1戦は、かつてはラリーカーの真の性能が明らかになるラリーといわれていた。様々なグラベルラリーの要素を含む、バランスのとれたステージが設定されていたからである。また、もっとも「標準的な」路面コンディションのグラベルラリーであるともいわれていたが、2018年大会に関してはその限りではなかった。一部の路面はラフグラベルという表現が最適と思えるほど荒れ、大きな石が地中から掘り起こされ、ラリーカーを容赦なく痛めつけた。比較的スムーズな路面を想定してセットアップを施されたヤリスWRCは、石でダメージを負い、オィット・タナックは競技2日目にリタイア。ヤリ-マティ・ラトバラもデイリタイアを喫し、エサペッカ・ラッピの総合4位が最上位だった。チームにとっては非常に厳しい1戦となったが、その経験から路面のコンディション変化を先読みする術を学んだ。

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    スペアタイヤの搭載方法を変更し重量バランスを最適化

     それから1年。チームは3度目の挑戦となるラリー・ポルトガルに、必勝を期して臨んだ。事前にポルトガル南部でテストを行ない、足まわりを中心に開発を進めた結果、ヤリスWRCは今まで以上にドライバーの意のままに動くクルマに進化した。また、テストでは、これまでとは違うスペアタイヤの搭載方法も試した。スペアタイヤは1本約25kgと、かなりの重量物である。それを、これまではシート後方のフロアに寝かせる形で搭載していた。できるだけ低い位置に配置し、重心を下げることを優先していたのだ。しかし、テストではスペアタイヤを立てて配置する、新しい搭載方法を試した。重心は高くなるが、重量物がよりクルマの中心部に近づくため、ヨー慣性モーメントが小さくなる。重いエンジンを車体の中心近くに配置して運動性能を高める、ミッドシップ車と同じ考えかたである。

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     ただし、スペアタイヤを立てて搭載するためには、特殊な形状のステーが必要だった。そこでチームは、パートナー企業であるDMG MORIの5軸加工機を駆使し、複雑な形状のステーを極めて短時間でアルミニウムから削り出して制作。ロールケージにピタリとはまる、そのステーでスペアタイヤをしっかりと固定した。テストの結果、タナックとミークは縦置きを選び、ラトバラは従来の寝かせて配置する搭載方法を選んだ。選択肢が増えたことで、各ドライバーによりマッチしたウエイトバランス調整が可能になったのだ。

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    不利な出走順にも関わらず連続ベストタイムで首位に立つ

     ラリー本番を迎えてもドライバーのクルマに対する良いフィーリングは持続し、タナックはデイ1序盤に2本のSSベストタイムを記録して首位に立った。前戦ラリー・チリでの優勝により、タナックはドライバーズ選手権2位に浮上した。そのため、ポルトガルでの出走順は2番手となり、ルーズグラベルに覆われた滑りやすい路面を走らなければならなかった。しかし、タナックはその不利な状況をものともせず、連続でベストタイムを刻んだのだ。選手権のライバルである1番手スタートの選手と、3番手スタートの選手が共にルーズグラベルに苦しみ、タイムが伸びなかったのとは対照的に、タナックは首位を快走し着実にリードを拡げていった。

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    「クルマのフィーリングはとてもいい。自信を持って走ることができている」とタナック。好調だったのはタナックだけでない。出走順がやや後方だったとはいえ、ラトバラも上位のタイムを刻み、デイ1終了時点で首位タナックと17.3秒差の総合2位につけた。さらに、クリス・ミークもラトバラと5.5秒差の総合3位につけ、ヤリスWRCはデイ1の上位を独占。ドライバーのクルマに対する自信が、結果となって現れた。

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    マキネン代表のアドバイスでブレーキの問題を克服

     しかし、デイ2に入ると、想定外の問題がいくつか発生した。オープニングのSS8では、タナック車のブレーキラインが破損。制動力が低下しタイムロスを喫した。ステージ終了後、タナックは無線でチームと連絡をとりながら、自力で修理を試みた。その結果ブレーキラインの破損は修復されたが、ライン内に入り込んだ空気を完全には抜くことができなかった。そのため、ブレーキペダルを踏んでも、本来の制動力やフィーリングが得られない状態で次のステージを走らざるを得なかった。

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     ブレーキに違和感があるという、タナックのコメントを無線で聞いたチーム代表のトミ・マキネンは、ドライバーとしての長い経験に基づくアドバイスを、エンジニアを通してタナックに与えた。「ブレーキペダルを何回か踏み直せば、ブレーキライン内の空気が押しやられて踏力を感じられるようになるはずだ」と。そしてタナックはマキネンのアドバイスに従い、左足でブレーキペダルを何度か踏み直しながら、全開走行を続けた。すると、確かに制動性能は回復し、SS2番手タイムを記録。窮地を切り抜け、首位の座を守った。

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    思いもよらぬサスペンショントラブルが発生する

     一方、ラトバラはデイ2午前中のステージで2本のベストタイムを記録するなど好調を維持。首位タナックとの差は5.1秒に縮まった。シーズン前半はしばらく苦しいラリーが続いていたが、前戦チリで復調のきっかけを掴み、ポルトガルではついに本来の速さを取り戻した。全ての歯車が噛み合い、少なくともポディウムフィニッシュは確実と思われたが、午後のステージでサスペンションに問題が発生した。ダンパーが破損してしまったのだ。抑えが効かなくなったクルマをラトバラは何とかステージフィニッシュまで運んだが、競技続行は不可能なほど足まわりの損傷は大きかった。デイ2の最終ステージを前に、ラトバラはデイリタイアを受け入れ、優勝の権利を失った。

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     日中のサービスでブレーキを完璧に修復し、午後最初のステージではベストタイムを記録したタナックだが、そのタナックにもダンパーのトラブルが起きてしまった。デイ2最終のSS13、タナックは途中まで誰よりも速いペースで走っていたが、中間地点で異変を察知。なるべくストレスがかからないような運転に切り替え、最後までステージを走り切った。遅れをとりはしたが、問題が起きたのが最後のステージだったこともあり、首位の座は守り切った。しかし、ラトバラと同じようにデイリタイアとなっていた可能性もあっただけに、かなり深刻な状況だったといえる。

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     デイ2の路面は非常に荒れており、想像以上の負荷がダンパーにかかった可能性が高い。少なくとも、ドライバーのミスではなかったことは、データでも証明されている。それでも、やはり一部路面が非常にラフだったアルゼンチンでそのようなトラブルは起こらず、事前のテストでも不具合は出なかった。今年のポルトガルの道は、つまりそれくらい荒れていたのだ。一体、何が問題だったのか?チームはすぐさま原因の究明に乗り出し、ラリー終了後ファクトリーで分析と対策に着手した。1週間のインターバルを置いて開催される、次戦ラリー・イタリア サルディニアもまた、路面が荒れている可能性が高い。それまでに万策を尽くし、問題を解決しなければならない。

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    損傷を負ったラトバラ車をメカニック達が修復

     デイリタイアの後、サービスに運ばれたラトバラのクルマは、予想以上に大きなダメージを負っていた。ダンパーの破損により固定されなくなってしまったスプリングが暴れ、その周囲を囲む金属製のボディパネルに穴を開けていた。メカニック達は溶接を伴う大掛かりな修復作業に取り掛かり、その作業は深夜まで続いた。そして、限りなく完全に近い状態まで修復されたクルマがサービスを出た時、作業を見守っていた大勢の観客から歓声が起こり、惜しみない拍手がメカニック達に送られた。総合11位まで順位は下がったが、メカニック達の素晴らしい仕事により、ラトバラはデイ3で再び戦いの舞台に復帰した。

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     前日にヤリスWRCによるトップ3の一角は崩れたが、最終日が始まった時点で、依然タナックがラリーをリードし、それを2位ミークが追うワンツー体制は守られていた。しかし、ミークの背後にはライバルチームのエースドライバー達が迫り、ペースを緩める訳にはいかない。そのためミークは攻めの走りを続け、オープニングのSS16ではベストタイムを記録。首位タナックとの差は僅か2.4秒に縮まった。「今までに感じたことがないくらい、クルマのフィーリングはいい。自信を持って楽しんで運転できている」と、ミークは僅差の戦いを楽しんでいるようにさえ見えた。しかし、最終ステージの1本手前、SS19でミークはスピン。大きくタイムを失い、総合3位に後退した。さらに、ファイナルステージのSS20では、コーナー内側の草地に隠れていた木の切り株に前輪をヒット。その衝撃でタイヤが外側を向き走行不能に。チーム加入後初の表彰台フィニッシュを目前に、ミークは全てを失ってしまった。
    「完全に自分の責任だ。レッキの時に切り株を見落とし、ペースノートに情報を記していなかった。チームに本当に申し訳なく思う」とミークは大きく肩を落とし、うなだれた。

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    速さはあったが強さが足らず。さらなる開発の必要性を痛感

     トップ3を独占したデイ1から一転、終わってみれば表彰台に立ったのはタナックひとりだけだった。期待が大きかっただけにチームの失望も少なくなかったが、それでも今季3勝目である。しかも、これまで苦戦を強いられてきたラリー・ポルトガルでの勝利だけに、大きな価値がある。

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    「今まででもっとも苦労して手にした優勝だ。色々なことが起こり、本当に大変なラリーだった」とタナックが言うように、楽な戦いではまったくなかった。不利な2番手スタートながら連続ベストタイムで初日に首位に立ったように、クルマに速さはあった。しかしブレーキやダンパーのトラブルで、そのアドバンテージはかなり失われてしまった。もっと強いクルマを作らなければ、ドライバーは安心してアタックすることはできない。優勝こそ果たしたが、チームはポルトガルの地でまた多くの教訓と学びを得た。シーズン後半戦に向けて、開発はさらに強化される。速く、そして強いクルマに鍛え上げるために。

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    WRC 2019年 第7戦 ラリー・ポルトガル 結果
    順位 ドライバー コ・ドライバー 車両 タイム
    1 オィット・タナック マルティン・ヤルヴェオヤ トヨタ ヤリス WRC 3h20m22.8s
    2 ティエリー・ヌービル ニコラス・ジルソー ヒュンダイ i20クーペ WRC +15.9s
    3 セバスチャン・オジエ ジュリアン・イングラシア シトロエン C3 WRC +57.1 s
    4 テーム・スニネン マルコ・サルミネン フォード フィエスタ WRC +2m41.5s
    5 エルフィン・エバンス スコット・マーティン フォード フィエスタ WRC +7m08.3s
    6 カッレ・ロバンペラ ヨンネ・ハルットゥネン シュコダ ファビア R5 +10m34.2s
    7 ヤリ-マティ・ラトバラ ミーカ・アンティラ トヨタ ヤリス WRC +11m28.2s
    8 ヤン・コペツキ パヴェル・ドレスラー シュコダ ファビア R5 +11m41.9s
    9 ピエール-ルイ・ルーベ ヴィンセント・ランデ シュコダ ファビア R5 +12m46.3s
    10 エミル・ベルグヴィスト パトリック・バース フォード フィエスタ R5 +14m28.4s
    R クリス・ミーク セブ・マーシャル トヨタ ヤリス WRC

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