RALLY
ITALIA
SARDEGNA
WRC 2019年 第8戦 ラリー・イタリア
サマリーレポート
第6戦ラリー・チリ、第7戦ラリー・ポルトガルとオィット・タナックが2戦連続優勝を飾り、非常に良い形でシーズンの前半戦を終えたTOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamは、大きな期待を抱いて第8戦ラリー・イタリア サルディニアに臨んだ。後半戦の初戦ではあるが、ポルトガルとのインターバルは1週間しかなく、その間エンジニアとメカニックはクルマの整備作業に追われた。アルゼンチンの1週間後に行なわれたチリと同様、ポルトガルとサルディニアは「リンクドラリー」としてセットになっている。そのため、チームはポルトガルを戦ったクルマをスペインに運び、そこでサルディニアに向けての整備作業を実施した。エストニアの整備拠点への往復時間を節約し、その分を整備作業とスタッフのつかの間の休息に充てられるからである。
しかし、ひとつだけ1週間以内に解決しなければならない重要な問題があった。それは、ポルトガルでタナック車とヤリ-マティ・ラトバラ車に起きた、ダンパーのトラブルである。タナックはトラブルを乗り越え優勝を手にしたが、ラトバラは大きな遅れをとり、表彰台フィニッシュのチャンスを失った。ポルトガルのラフな路面で起きた問題だけに、同様に路面が荒れているサルディニアでも十分に起こり得る。既にチームは、ポルトガルのラリー期間中に暫定的な対策を実施していたが、それをさらに確実なものとするため、全車のダンパーに改善を施してサルディニアに備えた。
今年のサルディニアは週末を通して非常に天気が良く、気温は昨年よりもさらに上昇。週間天気予報は、最高気温が35度以上に達すると予想していた。サルディニアのステージは低速な区間も多く、そのようなセクションでは速度が上がらず、エンジンの自然冷却はあまり期待できない。そのため、冷却システムにとってサルディニアは、WRC全戦の中でも非常に厳しいラリーのひとつである。しかし、パートナー企業であるDENSOの協力を得て改善を進めてきた冷却システムは、酷暑のサルディニアでもまったく問題なく機能し、ドライバー達はエンジン温度を微塵も気にすることなく、全力でステージを攻めることができた。
本格的なグラベル(未舗装路)路面でのステージが始まった6月14日金曜日、タナックは前戦ポルトガルと同じく、2番手という不利な出走順で午前中のステージをスタートした。硬い岩盤状の路面の上にはルーズグラベルがたい積し、走行順が早い選手にとっては非常に滑りやすく難しい路面コンディションだった。しかし、タナックは2番手スタートながらSS4でベストタイムを、SS5でセカンドベストタイムを刻むなどハンデを感じさせない力走を披露。1番手スタートの選手のデイリタイアによって、午後の再走ステージではさらに不利な1番手スタートを担ったが、それでも大きく遅れることなく、首位と11.2秒差の総合3位で1日を終えた。
翌日、土曜日のステージは、総合順位が上位のドライバーが後方のスタート順となるため、タナックは9番手で午前中のステージをスタートした。ようやくクリーンな路面を走れるようになったタナックは一気にスピードを上げ、土曜日に用意された6本のSSを全て制覇すると首位に立ち、総合2位のライバルに対し25.9秒という大きなタイム差を築いた。
最終日となる日曜日はステージが4本と少なく、距離も計41.90kmと短い。しかしタナックは「確かに距離は短いが、いずれも難しいステージだ。最後まで集中して戦い続けなければならない」と、さらに気持ちを引き締めた。既に十分なリードを築いていたため無理なアタックをする必要はなく、非常にクリーンな走りでステージを重ね、最後のパワーステージに26.7秒のリードを持って臨んだ。最後の区間で風光明媚な海岸線を走行する「サッサリ-アルジェンティエラ」は、2017年にタナックがWRC初優勝を決めたステージである。その思い出のステージを走破し、WRC出場100戦目となった記念すべき1戦を、10回目の優勝で祝うはずだった。
しかし、ステージをスタートしてすぐ、タナックはステアリング操作に違和感を覚えた。パワーアシストが安定せず、ステアリングが急に重くなったのだ。症状はどんどん悪化し、やがて正確な操作ができない状態となりスピン。大きくタイムを失った。その後、何とかクルマをコントロールして走り続けたがスピードは上がらず、全長6.89kmの短いステージを走り終えた時、2分以上の遅れをとっていた。前のステージまでに築いていたリードはいとも簡単に消え去り、タナックは総合5位でラリーを終えた。選手権上位を争うライバルが下位に沈んだこともあり、ドライバーズランキングではトップに立った。しかし、本来ならば優勝でさらに大きなリードを築いているはずだった。失った勝利とポイントは、あまりにも大きい。
タナックのシーズン4勝目を阻んだ原因は、ステアリング系のトラブルである。実は、金曜日の時点でラトバラ車にも似た問題が発生しており、コントロールを失ったラトバラはコースアウトを喫しデイリタイアとなった。そのため、チームはすぐ原因の究明と対策に着手。ラトバラ車だけでなく、その時点では問題が起きていなかったタナック車のステアリング系も新しいパーツに交換し、土曜日以降のステージに臨んだ。それにも関わらず、タナック車にもトラブルが起きてしまったのだ。
今まで1度も起きたことがなかった問題だっただけに、チームは大きなショックを受けた。しかし、1番大きな失望を味わったのはもちろん選手である。特に、ほぼ手にしていた勝利を最後の最後で失ったタナックは、怒りと悲しみが入り混じった複雑な感情を抱えてサービスに戻ってきた。それでも、自分のクルマを一生懸命整備してくれたメカニックひとりひとりと固く抱き合い、感謝の言葉を伝えた。悲しいのは自分だけでない。一緒に戦ってきたスタッフも皆同じ気持ちだ。今にも破裂しそうな感情を何とかして抑えようとしているタナックの痛々しい姿を見て、エンジニア達は心に誓った。「次のラリー・フィンランドでは、絶対にトラブルを起こさない」と。
クルマには十分な速さがある。そして、信頼性に関しても熱や電気系のトラブルを地道に解決してきた。それでもまた、違う不具合が起きてしまった。改めて痛感した。改善に終わりはないと。次戦フィンランドまでの約1カ月、チームは信頼性のさらなる向上に全力で取り組む。
トヨタ自動車株式会社の株主総会の直後に現地に駆け付け、チーム総代表として戦いの最前線に身を置いていた豊田章男もまた、気持ちが張り裂けんばかりだった。メカニカルトラブルによる、優勝目前でのスローダウン。タナックとヤルヴェオヤのやりきれない思いを、豊田は真正面から受け止めた。「最後まで走り切らせてあげられなかったこと、本当に申し訳なく思います。なんとしてもオィットと8号車の仲間達をチャンピオンにしてあげたいと、心から思いました。私に今できることはヤリスを”もっと強いクルマ”そして”もっと安心して走らせ続けられるクルマ”にすること。トミと共に、なんとしてもやり遂げます」と豊田は、ラリー終了後に自分の思いと決意を、メッセージとして発信した。
ここ数戦、本来の速さを取り戻しつつあるラトバラは、金曜日午前中のステージから非常に速かった。ベストタイムを含む上位タイムを並べ、SS4では首位に立った。その時点では、優勝のチャンスも十分あったといえる。しかし、午後のステージで小さなドライビングミスによりヘアピンコーナーで横転。コ・ドライバーのミーカ・アンティラと共に何とかクルマを走れる状態に戻し競技を続行したが、約8分を失った。さらに、金曜日の最後のステージではステアリング系に問題が起こり、クルマのコントロールを失いコースアウト。デイリタイアとなってしまった。翌日再出走を果たし最後までラリーを走り切ったが、総合順位は19位に留まった。また、近年サルディニアのラリーにあまり出場していなかったクリス・ミークは、経験値の不足もあって序盤は苦戦を強いられた。それでも安定した走りを続け総合4位を狙える位置につけていたが、土曜日のステージでタイヤ交換を行なった結果約2分をロス。その遅れが最後まで響き、総合8位でラリーを終えた。
今回のサルディニアでは、4台目のヤリスWRCの姿もあった。2017年のレギュラードライバーであり、現在は開発ドライバーを務めているユホ・ハンニネンが、久々にWRCの現場でステアリングを握ったのだ。新たにベテランのトミ・トゥオミネンをコ・ドライバーに迎え、トミ・マキネン・レーシングからのプライベートエントリーという形での参戦だった。その目的はふたつあり、ひとつはヤリスWRCの開発を実際のラリーで進めること。もうひとつは、ドライバーとしての競技勘を高く保ち、クルマづくりのセンサーを磨くこと。ハンニネンが最後にWRCに出場したのは、2017年10月のラリーGBである。その後は開発ドライバーとして、縁の下でヤリスWRC の進化を支えてきた。ハンニネンの貢献なくして、現在のパフォーマンスは得られなかったといえる。
実戦からしばらく離れていたハンニネンだが、それでも熟達の走りは非常に安定していた。そしてステージを重ねる中で着実にスピードを高めていき、様々な開発テストを行なった。特に力を入れたのは足まわりであり、シーズン後半に控えるラフグラベルラリーに向けたセットアップを着々と進めた。チームが拠点を置くフィンランドのグラベルロードは全体的に路面がスムーズで、ラフグラベルのテストは難しい。そこで、荒れた路面のサルディニアを実戦テストの場として選び、ハンニネンにステアリングを委ねたのだ。通常のテストでもハンニネンのフィードバックは非常に正確で分かりやすく、エンジニアにとって本当に頼りになる開発ドライバーである。サルディニアでもその能力はいかんなく発揮され、チームは多くの有益なデータを収集した。ハンニネンは与えられた任務を完璧に果たし、再びWRCをヤリスWRCで戦った充実感と共に、サルディニア島を後にした。
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム | |
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1 | ダニ・ソルド | カルロス・デル・バリオ | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | 3h32m27.2s | |
2 | テーム・スニネン | マルコ・サルミネン | フォード フィエスタ WRC | +13.7s | |
3 | アンドレアス・ミケルセン | アンダース・ジーガー | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +32.6s | |
4 | エルフィン・エバンス | スコット・マーティン | フォード フィエスタ WRC | +33.5s | |
5 | オィット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリス WRC | +1m30.1s | |
6 | ティエリー・ヌービル | ニコラス・ジルソー | ヒュンダイ i20クーペ WRC | +2m16.7s | |
7 | エサペッカ・ラッピ | ヤンネ・フェルム | シトロエン C3 WRC | +2m59.6s | |
8 | クリス・ミーク | セブ・マーシャル | トヨタ ヤリス WRC | +4m40.1s | |
9 | カッレ・ロバンペラ | ヨンネ・ハルットゥネン | シュコダ ファビア R5 | +8m24.6s | |
10 | ヤン・コペツキ | パヴェル・ドレスラー | シュコダ ファビア R5 | +8m49.2s | |
19 | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC | +20m36.0s |