RALLY FINLAND
WRC 2019年 第9戦 ラリー・フィンランド
サマリーレポート
TOYOTA GAZOO Racing WRTにとって、前戦のラリー・イタリア サルディニアは、悔やんでも悔やみきれない1戦になった。最終SSでのパワーステアリングトラブルにより、オィット・タナックはほぼ手中に収めていた勝利を失い、失意の5位でラリーを終えた。クルマのパフォーマンスを上げるのと同じくらい、信頼性の向上にも力を入れてきた。個々のパーツに気を配り、その組み上げにも細心の注意を払ってきた。それでも、予期せぬトラブルが起きてしまったのだ。
サルディニアで一体何が起こったのか?チームのエンジニアはすぐに原因の解明に着手し、問題となったパワーステアリングシステムを徹底的に調査。その結果、システムを構成する部品のひとつに、小さな不具合を発見した。パワーステアリングシステムは、多くのパーツが組み合わさった状態の「アッセンブリー」としてサプライヤーから供給される。これまでもアッセンブリー状態での品質管理は厳格に行なってきたが、構成パーツのひとつひとつを精査するまでには至っていなかった。それが原因で問題が起きたことは、これまでなかったからだ。しかし、サルディニアでのトラブルを受けて、チームは構成部品単位での品質管理を徹底することにした。選手に、二度とあのような辛い思いをさせたくはない。エンジニア達は悔恨の思いを胸に、6週間後にスタートする次なる戦い「ラリー・フィンランド」に向けて、粛々とクルマの改善を進めた。
第9戦ラリー・フィンランドは、チームにとってのホームイベントであり、2017年から2年連続で1-3フィニッシュを飾っている相性の良いラリーである。ヤリスWRCはフィンランドのファクトリーで開発され、フィンランドの道で鍛えられた。フィンランド特有の硬く引き締まった高速グラベル(未舗装路)は、ヤリスWRCが最も得意とするステージであり、チームもドライバーも自信を持っている。しかし、ライバルの進化も著しく、少しでも開発の手を緩めれば、アドバンテージは瞬時に失われる。また、ラリー・フィンランドはタイム差がつきにくい1戦であり、1/10秒を競う僅差の戦いが最初から最後まで続く。そのため、信頼性だけでなく、パフォーマンスの向上にも力を入れた。
ラリー・フィンランドで大きく進化したのは、エンジンである。WRC随一のハイスピードラリーであるフィンランドでは、低中回転域のトルクだけでなく、高回転域でのパワーも重要であり、それがスピードの伸びに大きく影響する。ドイツのTMG(トヨタモータースポーツGmbH)が開発を手がける1.6リッター直噴直列4気筒ターボは、2017年のデビューシーズンから着実に進化を繰り返してきた。初期の段階ではドライバーからトルク不足を指摘されることもあったが、改良の結果、充分なトルクを得ることに成功した。その上でパワーをさらに引き上げ、そしてまたトルクを向上させるという、両立が難しいふたつの要素を交互に高めてきた。そして今回のフィンランドでは、主にパワーの向上に重点を置いて開発を進めた新スペックエンジンを投入。高速グラベルステージでのパフォーマンス向上をはかった。
一方、サスペンションに関しては、基本的に昨年のパッケージとセッティングを踏襲した。タナックを始めとするドライバー達が、ハンドリングに自信を持っていたからである。もちろん、エンジニアとしてはさらなる進化を期待し、新たな仕様も準備した。しかし、結果的に昨年の仕様がもっともバランスに優れており、変化のための変更を行なうことはしなかった。コーナーや路面コンディションが刻々と変化するラリーでは、ドライバーの自信こそがもっとも重要である。瞬間的には最大のパフォーマンスを発揮できたとしても、それが扱い難いセッティングであったならば、タイム向上は望めないし、ドライビングミスを誘発する可能性も高まる。「リラックスして運転できる」ハンドリングが何よりも大切であり、フィンランドに関しては昨年の時点でそれを既に実現できていた。そのためチームは、あえて大きな変更を施さないことにしたのだ。
万全の準備で迎えたラリー・フィンランドは、選手とチームの努力が報われる出だしとなった。本格的な森林ステージが始まった8月2日金曜日、その最初のステージであるSS2で、ヤリ-マティ・ラトバラがベストタイムを記録。続くSS3ではクリス・ミークが、SS4では再びラトバラがベストタイムを刻むなど、序盤からヤリスWRCのスピードが際立った。ドライバー選手権のリーダーとして、不利な1番手スタートを担ったタナックも上位のタイムをマークし続け、SS2で早くも首位に立ちSS5ではベストタイムを記録するなど、好調なスタートを切った。
午後の再走ステージは路面が荒れ、タナックのスピードはやや陰った。一方ラトバラは勢いを増し、午後の5本のステージのうち3本でベストタイムを記録して、チームメイトと激しい首位争いを展開。首位で金曜日を終えた。また、ミークもベストタイムこそ1回に留まったが、安定して上位のタイムを刻み続け、ラトバラと1.2秒差の総合2位につけるなど好調を維持。タナックは総合4位に留まったが、3位のライバルとの差は僅か0.2秒。首位ラトバラとも2.6秒差であり、ヤリスWRCは全車が表彰台を狙える位置で1日を終えた。
3日土曜日のステージでは、不利な先頭スタートから開放されたタナックが速さを増し、オープニングのSS12ではベストタイムを刻み首位に立った。しかしSS13ではミークがベストタイムで、2番手タイムのラトバラが首位に返り咲いた。1位ラトバラと2位タナックとの差は0.2秒。3位ミークにしても、ラトバラと0.6秒差という大接戦であり、緊張感のある戦いがラリーを盛り上げた。
しかし、続くSS14でドラマが起きた。ラトバラとミークが、同じ右コーナーでコースを外れ、側溝の大きな石にぶつかってしまったのだ。ラトバラはホイールとボディワークにダメージを負い、ベストタイムのタナックから約14秒遅れでフィニッシュ。首位からは陥落したが、辛くも総合2位には踏みとどまった。しかしミークは足まわりを破損して走行不可能となり、デイリタイアに。ポディウムを独占するというチームの夢は、はかなくも消えた。
チームメイト同士の激しい戦いが、ふたりのコースオフを誘発したのは確かだが、トップ3争いに加わる速さを備えたライバルの存在もまた、2人に限界を超えて攻めなければならないというプレッシャーを与えていた。2017年にヤリスWRCで優勝を果たした、かつてのチームメイトが、強力なライバルとして立ちはだかったのである。ラトバラは、速さと確実性のバランスポイントを見つけることに苦労し、ライバルに総合2位の座を明け渡すことになった。また、首位に立ったタナックもスピードを緩めることができず、息を呑むような戦いが1日の最後まで続いた。それでも、最終的にはライバルとの差を16.4秒に拡げ、タナックはフィンランド2年連続優勝に王手をかけた。
ラリー最終日は4本のSSで構成され、その合計距離は約46kmと短い。しかし1回でも大きなミスをすれば逆転される可能性もあり、前戦のようにトラブルが起きれば勝利を失うかもしれない。そのためチームはクルマのチェックを入念に行ない、タナックも集中力を高めて最終日のステージに臨んだ。オープニングのSS20では大会5回目のベストタイムを記録。それはタナックにとって今季50回目、ヤリスWRCで120回目、そして通算200回目の記念すべき記録となった。
総合2位のライバルとの差を20秒に拡げたタナックは、優勝への自信を深め、戦略を切り替えた。続く2本のステージではペースを抑え、ひたすらクリーンな走りでタイヤを温存。そして、ボーナスの選手権ポイントを得られる最終のパワーステージで、全開アタックを敢行した。結果、大会6回目のベストタイムをマークし、ボーナスの5ポイントを勝ち取った。そして、優勝により25ポイントを得、合計では30ポイントを獲得。ドライバー選手権におけるリードを大きく拡げた。タナックにとっては完璧なリザルトであり、前戦サルディニアの苦い記憶が、ようやく払拭された。そして、サービスで戦いを見守っていたエンジニア達も、6週間ぶりに重い空気から解放された。ラリーを通してクルマはノートラブル。選手達と、ようやく笑顔で握手をできるようになった。
「週末を通してクルマは完璧だった。チームメイトやライバルも速くコンマ1秒を争う厳しい戦いが続いたが、勝負に勝つことができて嬉しい。昨年はこのラリーでシーズン2勝目だったが、今季は既に4勝目だ。そう考えれば良い流れだといえるが、ライバルも非常に強力だし必ず巻き返してくるだろうから気を許すことはできない。さらに攻め続けないと、タイトルは獲れないだろう」と、タナック。最多となるシーズン4勝目も、タナックにとっては単なる通過点でしかない。
ラトバラは、SS21で大会8本目のベストタイムをマークしライバルとの差を縮めたが、逆転には至らなかった。それでも総合3位は今シーズンのベストリザルトであり、昨年の最終戦ラリー・オーストラリア以来のポディウムフィニッシュである。「とても長く感じられた。もう戻って来れないのではないかとさえ思っていたが、自信を取り戻すことができた」とラトバラ。チームにとってもラトバラの3位フィニッシュは大きな意味を持ち、マニュファクチャラーポイントの大量獲得によりタイトル防衛の光明が見えてきた。ただし、チームとして3年連続の1-3フィニッシュを素直に喜ぶことはできない。なぜなら土曜日、首位争いの最中でふたりのドライバーがコースを外れ、同じ石に当たって勝機を逸したからだ。
振り返って見れば、重要な局面で彼らのドライビングミスは少なくない。しかし、ドライバーの運転能力だけに原因があると考えるべきではない。コースサイドの石の危険性を予めきちんと認識していれば、コーナーへのアプローチ段階でリスクを低減する走りにシフトすることも可能ではないか? ペースノートを作成するレッキの段階で、リスクと成り得る石や木の切り株の存在を見落としている可能性もあるかもしれない。どうすれば、より精度の高いレッキをできるようになるのか? クルマの改善だけでなく、ドライビングや、その1歩手前のレッキについてもチームと選手が協力し、科学的に改善できることはあるはずだ。ドライバーの運転能力を最大限に発揮させることもまた、チームにとって重要な研究テーマである。
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム | |
---|---|---|---|---|---|
1 | オィット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリス WRC | 2h30m40.3s | |
2 | エサペッカ・ラッピ | ヤンネ・フェルム | シトロエン C3 WRC | +25.6s | |
3 | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC | +33.2s | |
4 | アンドレアス・ミケルセン | アンダース・ジーガー | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +53.4s | |
5 | セバスチャン・オジエ | ジュリアン・イングラシア | シトロエン C3 WRC | +56.1s | |
6 | ティエリー・ヌービル | ニコラス・ジルソー | ヒュンダイ i20クーペ WRC | +1m32.4s | |
7 | クレイグ・ブリーン | ポール・ネーグル | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +1m38.2s | |
8 | テーム・スニネン | ヤルモ・レーティネン | フォード フィエスタ WRC | +2m33.8s | |
9 | カッレ・ロバンペラ | ヨンネ・ハルットゥネン | シュコダ ファビア R5 | +7m54.1s | |
10 | ニコライ・グリアジン | ヤロスラフ・フェデロフ | シュコダ ファビア R5 | +10m28.7s | |
R | クリス・ミーク | セブ・マーシャル | トヨタ ヤリス WRC | R |