RALLY GB
WRC 2019年 第12戦 ラリー・グレートブリテン
サマリーレポート
前戦ラリー・トルコで表彰台を逃し、チームはその原因の解明と対策に乗り出した。デイ3で上位を狙える位置につけていたオィット・タナックから、チャンスを奪ったECU(電子制御ユニット)のトラブルに関しては、ラリー終了直後からサプライヤーと力を合わせ再発防止のために対策を講じた。しかし、仮にECUトラブルが起こらなかったとしても、タナックが表彰台の高い位置に立てていたかどうかは疑わしい。トルコの荒れたグラベル(未舗装路)で、ヤリスWRCは全般的にトラクション(駆動力)が不足していたからだ。十分な開発期間を経て投じた新しいサスペンションは、確かにパフォーマンスの向上は確認されたが、完全には機能しなかった。トルコの路面に対する最適化が完全とはいえず、タイヤの性能をフルに引き出す事ができなかったのだ。
そこでチームは、第12戦ラリー・グレートブリテン(GB)に向けて周到に準備を進めた。プレイベントテストをラリーの舞台であるイギリスのウェールズで行ない、実際にラリーで走るステージと似た条件のグラベルロードでサスペンションをテスト。テスト期間中には降雨もあり、様々な路面コンディションでセッティングを詰める事ができた。
例年、秋季に行なわれるラリーGBは天気が不安定で、森や丘陵地帯の未舗装路は天候次第で性格が大きく変わる。完全にドライならば高いグリップが得られるが、ラリー期間中を通して道が乾いているような事はまずない。ひとたび多くの雨が降れば路面は水分を含み滑りやすくなる。未舗装路はヌルヌルとした泥状になり、タイヤのグリップ力は大きく落ちる。しかし、雨が降り続くと多くの泥が洗い流され、しっかりとした路面が現れグリップは回復する。さらに、雨が止み路面が乾き始めると泥が粘土のように固まり、それがラリータイヤによって磨かれると、濡れた泥以上に滑りやすくなる。ラリーGBの未舗装路は、天気によってグリップレベルが大きく変化し、その全てに対応できるようなハンドリングに仕上げなければならない。プレイベントテストでの降雨は、だからチームにとって“恵みの雨”となったのである。
信頼性の向上に関しても、さらに推し進めた。パートナー企業であるデンソーの協力を得、ラジエーター冷却用の電動ファンを強化したのだ。左右ふたつある電動ファンのうち、すでに片側はデンソー製を採用していたが、今回のラリーGBより左右ともにデンソー製とした。ラリーGBは気温が低く、エンジン温度の上昇はまず心配ない。ではなぜこのタイミングで切り換えたかといえば、信頼性向上のためである。デンソー製の小型電動ファンはブラシレスモーターを採用し、省電力であるだけでなく、電流の制御性にも優れている。瞬間的に過大な電流が流れる可能性が少ないため、電気系の信頼性向上にも大きなメリットがあるのだ。これでラジエーターおよび電動ファンはすべでデンソー製となり、冷却性能と信頼性の両面で大きなステップアップを果たした。
今年、ラリーGBはサービスパークがウェールズ北部のスランディドノに移った。また、ラリーの開幕を祝うセレモニアルスタートはイングランドのリバプールで行ない、その後夜7時過ぎから、同じくイングランドのオウルトンパーク・サーキットでSS1 を走行するという、新しい試みがなされた。SS1はサーキット内のターマック(舗装路)とグラベルの両路面を走る、全長3.58kmのショートステージ。通常ならばあまり大きなタイム差がつかないようなSSだが、そこでタナックはトップから8.8秒差の13番手と大きく遅れた。暗闇の中、ライトの光軸がずれて視認性が低下していたことも影響したのか、ヘアピンコーナーでエンジンをストールしてしまったのだ。一方、クリス・ミークは2位に2.1秒差をつけるベストタイムを記録。ミークは、その日の朝に行なわれたシェイクダウンでもトップタイムを刻むなど、ホームイベントで素晴らしいスタートを切った。
本格的な森林ステージが始まったデイ2でも、ミークは好調だった。SS2とSS3では2番手タイムを記録。断続的な降雨により泥状となったウェールズの森で安定した走りを披露し、SS9まで首位の座を保ち続けた。地元優勝を十分に狙える速さを備えていたが、しかしリミットを越えてアタックをするようなことはなかった。今回、ミークが望んでいたのは、チームのマニュファクチャラーズタイトル争いに貢献する事。残る3戦でライバルを逆転しタイトルを防衛するためには、ノーポイントは許されない。そのため、ミークは確実性の高い走りでステージを重ねた。 特に、SS7でチームメイトのヤリ-マティ・ラトバラがクラッシュしリタイアとなった後は、絶対に上位で完走しなければならないという責任感をさらに強めた。
オープニングステージで出遅れたタナックは、ドライバーズ選手権のリードをさらに広げるため優勝に狙いを定めていた。滑りやすい泥状の路面でヤリスWRCのサスペンションと駆動系は狙い通りに機能し、エンジンの力をしっかりと路面に伝えた。プレイベントテストの成果が十分に発揮されたといえるが、上位を競うライバル達もまた速かった。SSのタイム差はあまり広がらず、僅差の戦いが延々と続いた。そのため、タナックはSS1で失った約8秒をなかなか取り返す事ができず、総合4位の位置からチャンスをうかがっていた。そしてデイ2の最後、日没のタイミングで行なわれた2本のSSで一気にたたみかけた。路面のコンディション変化を読みにくいナイトステージでは、いかにクルマに自信を持って走れるかが大きな鍵を握る。「ラリーGBでもっとも重要なのは自信だ。少しでも自信を失えば、タイムはガクンと大きく落ちてしまう」と、スタート前にタナックは語っていた。宵闇に包まれた森林ステージで多くのドライバーがタイムを落とす中、タナックは圧巻のベストタイムで総合2位に浮上。途中で補助ランプの配線に問題が生じ、視界は十分ではなかったが、タナックはステージ終了後、チームと連絡を取り合いながら修理を試み問題を解決。完全に暗闇の中で行なわれた最終のSS10も制し、SS1から首位を守っていたミークを抜き、ついに首位に立った。
ラリー終了後に改めてふり返れば、このナイトステージでの2連続ベストタイムが、勝負の決め手になったといえる。いかなる状況でも自信を持って走れるクルマに仕上がっていたからこそ、悪条件下でライバルに差をつける事ができたのだ。土曜日のデイ3では6本の森林ステージで5回2番手タイムを刻み、完全に勝負を支配下に置いた。終盤、クルマのリヤバンパーを破損し、その影響で室内が騒音に包まれコ・ドライバーの声が聞こえにくくなるという問題も起こったが、最終のSS17ではベストタイムを記録。総合2位に上がった選手権のライバルに対し、11秒差を築いてデイ3を締めくくった。
そして迎えた最終日、タナックはボーナスポイントがかかる最終のパワーステージに狙いを定めた。パワーステージでベストタイムを刻めば、優勝の25ポイントに加え、ボーナスの5ポイントも獲得できる。タナックは集中力を限界まで高め、トリッキーな路面コンディションのパワーステージをアタックした。選手権を争うライバルもまた全力で攻め切ったが、タナックは0.4秒差のベストタイムを記録。優勝とパワーステージ制覇という、完璧な形でラリーGB を締めくくった。
「本当に厳しく、長く、難しい戦いだったが、優勝できて嬉しい。このラリーのために一生懸命努力し良いクルマに仕上げてくれた、チームのメンバーに感謝する」とタナック。ドライバーおよびコ・ドライバー選手権におけるリードは17ポイントから28ポイントに広がり、早ければ次戦ラリー・スペインでタイトルが決まる。しかしタナックは「現時点ではまだ何も決まっていない。さらに努力し攻め続けなくてはならない」と、初タイトル実現に向けてさらに気持ちを引き締めた。シーズン終盤に入り、ライバルとの戦いはさらに激化。僅かな遅れも許されない。本当の戦いは、ここから始まるといっても過言ではない。
金曜日の最終ステージで首位の座を失ったミークは、マニュファクチャラーポイントの獲得という重要な任務を遂行すべく、一貫して安定性を重視した走りを続けた。最終結果は総合4位と、表彰台にはあと1歩届かなかったが、タナックと共に多くのポイントをチームにもたらした。結果、マニュファクチャラー選手権での1位チームとの差は19ポイントから8ポイントに縮まり、残る2戦での逆転に向けて大きく前進した。優勝したタナックと、チームプレイヤーとして素晴らしい仕事をしたミークの貢献により、ダブルタイトル獲得は実現不可能な夢ではなくなった。次戦ラリー・スペイン、そして最終戦ラリー・オーストラリア。チームは団結力をさらに高め、クライマックスの2戦に挑む。
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム | |
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1 | オィット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリス WRC | 3h00m58.0s | |
2 | ティエリー・ヌービル | ニコラス・ジルソー | ヒュンダイ i20クーペ WRC | +10.9s | |
3 | セバスチャン・オジエ | ジュリアン・イングラシア | シトロエン C3 WRC | +23.8s | |
4 | クリス・ミーク | セブ・マーシャル | トヨタ ヤリス WRC | +35.6s | |
5 | エルフィン・エバンス | スコット・マーティン | フォード フィエスタ WRC | +48.6s | |
6 | アンドレアス・ミケルセン | アンダース・ジーガー | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +58.2s | |
7 | ポントゥス・ティディマンド | オーラ・フローネ | フォード フィエスタ WRC | +5m23.8s | |
8 | クレイグ・ブリーン | ポール・ネーグル | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +9m25.0s | |
9 | カッレ・ロバンペラ | ヨンネ・ハルットゥネン | シュコダ ファビア R5 | +10m51.1s | |
10 | ペター・ソルベルグ | フィル・ミルズ | フォルクスワーゲン ポロ GTI R5 | +11m36.1s | |
R | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC |