レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

361LAP2024.04.10

「レースと酒…」

数あるプロスポーツの中でも、モータースポーツにとってスポンサーの存在は、切っても切れない関係のようです。レーシングマシンはもちろんのこと、ドライバーが被るヘルメットや纏うレーシングスーツを、たくさんの協賛企業のロゴが鮮やかに彩っています。飲料水、アパレル、アルコール…。
ですが、アルコール飲料のスポンサーはなぜか少ないようです。特に日本は…。かつては酒造メーカーのスポンサーを得ていた木下隆之が、裏事情を紹介します。

ビールとレースの親和性

アメリカンモータースポーツを観戦していると、アルコール飲料の広告が目に飛び込んできます。全米最大のモータースポーツであるNASCARは、アルコールブランドの理解なくしては成立しないほど、アルコール飲料のロゴがマシンを彩っていますね。
「Budweiser」
「Miller」
「Coors」
それも、レースの観戦スタイルを想像するとわかりやすいでしょう。観客席ではアルコールを片手にレースに熱狂する観客が少なくありません。グランドスタンド裏には、多くのアルコール飲料の販売ブースが軒を連ねています。
音楽や演劇などは、静かに芸術を楽しむという文化がありますから、テンションを高める飲酒は不釣り合いかもしれません。激しいビートが個性のハードロック系やヒップホップ系でも、会場で飲酒するのは禁止されているようです。
その点で、モータースポーツとアルコールは親和性があります。ほろ酔い加減だからこそ、声援もヒートアップします。興奮を誘うレースと酒は、イメージ的にも相性がいいようですね。

スポンサードは、タニマチ的な精神的な支援でもありますが、一般的には企業の宣伝活動です。上場企業が資金的援助をするには、それが正しい経済活動でなければ株主の理解を得られません。スポンサーフィーの一般的な原資は、企業の広告宣伝費から捻出されることになります。ですから直接的に宣伝になる必要があります。そしてその宣伝が、企業の収益アップに繋がらなければなりません。アルコールブランドによるモータースポーツへの支援は、その場で売り上げが伸びる点で効果が可視化されやすいのです。

「Budweiser」のロゴを見ていたら、ビールが飲みたくなった。
「Miller」のマシンがカッコ良いからミラーを飲みたくなった。
「Coors」が勝ったから、それを飲む気になった。

NASCARでお気に入りのドライバーを応援し、気分が乗ったらそのチームをスポンサードする企業の商品を購入する。そのためにアルコール飲料の企業は、レーシングチームをスポンサードするのです。
マラソン大会の冠には、健康志向の協賛が目立ちます。「マラソン好き→健康志向」という属性だからです。サッカーや野球といったフィールドスポーツには、プーマやナイキのようなスポーツウエアのロゴが華やかです。憧れのアスリートが着用することで、アマチュアのイメージアップを狙っているのです。
モータースポーツは、基本的に屋外で開催されることが多いものです。ニュルブルクリンクのように、バーベキューをしながらキャンプ感覚でレース観戦するのも最近のスタイルですから、当然のごとく属性としてアルコール飲料との親和性があります。喉を潤すビールなどは、直接的に宣伝効果が得られるというわけです。

御法度の時代も過去のもの

こと日本に限っては、アルコールブランドのロゴがボディに貼られることは少ないという歴史があります。アルコール飲料メーカーから協賛を受け、その名をボディに貼って走ることがご法度とされていたようなのです。
実際には明文化されているわけではないのですから、スポンサーとして名を連ねていても基本的に問題はありません。ただ、どこか飲酒運転を推奨しているかのような誤解を生むからという理由で、過去には敬遠されていたそうです。
個人的にはむしろ、歓迎したいほどですが、日本のモータースポーツにアルコール飲料メーカーが参画したのは、ごく稀な例に過ぎないようです。

若い頃僕は、東北の酒造メーカーの協賛を受けていたことがあります。まだアマチュアでしたから多額の協賛金ではなく、レース参戦に必要な経費や宿泊費の負担というささやかなものでしたが、レーシングスーツに大きくロゴを貼っていました。
その企業とはまだ付き合いがあります。今では堂々とアルコールブランドを掲示できるようになりました。
それもそのはずで、そもそもサーキットの表彰台セレモニーでは”華やかなシャンパンファイト”が繰り広げられています。
シャンパンファイトの語源は諸説さまざまで、フランスの革命家ナポレオンが戦勝を記念してシャンパンを掛け合ったとする説もありますが、ル・マン24時間の勝利を祝ってチームがシャンパンを振り撒いたとする説もあります。
どれが正解なのかの議論は別に譲りますが、ともあれ、モータースポーツにはシャンパンファイトは不可欠なセレモニーです。そもそもアルコールとモータースポーツはセットで進化してきたのです。それを思えば、アルコール飲料メーカーがスポンサーになることは自然なことなのです。

BBQとビール

僕が今年シリーズ参戦しているニュルブルクリンクは、一周25.8kmの長いコースが森の中にレイアウトされています。5月のニュルブルクリンク24時間レースには、20万人を超える観客が訪れます。サーキットはキャンプサイトに囲まれているような環境です。観客のほとんどは、ほぼ例外なくキャンプを楽しみなからレースを観戦しています。
焼いた肉の甘く香ばしい匂いや煙がコース上に漂ってきます。時には焚き火からもうもうと立ち上がる煙で視界が閉ざされるような場面もあります。アルコールの香りさえ漂ってきます。
レースが進行するにつれ、コースサイドにビールの空き瓶がうずたかく積まれていきます。僕らがコース上で1ラップ1ラップ周回を重ねていくのに競うように、観客もビールケースの数を積み上げていくのです。
もはや、レースを観戦するためにアルコールで喉を潤しているのではなく、キャンプを楽しむその脇でレースをしていた…というような本気度で盛り上がっているのです。とても微笑ましい光景ですね。

日本のレース関係者がニュルブルクリンク24時間レースを視察したことで、キャンプとレースの親和性を確認したようです。
広大な敷地に恵まれた富士スピードウェイなどでは、レース開催の前夜から敷地を開放し、テント生活を推奨しています。
肉を焼き、アルコールを口にして、翌日からのレース展開を侃々諤諤語り合うなんて、モータースポーツの最高の楽しみ方ですね。新たなモータースポーツファンを拡大したことは高く評価されます。

おそらくこれからアルコール飲料のメーカーが、積極的にモータースポーツに参入してくるのだと予想しています。属性としては、きわめて親和性が高いのですから…。
富士スピードウェイがその可能性を導いてくれたのであろうことに感謝したいと思います。

キノシタの近況

日本人初のニュルブルクリンク耐久シリーズフル参戦の夢が叶いました。といっても夢の階段を登り始めたばかりです。日本人初のシリーズチャンピオン獲得を狙います。応援よろしくお願いします。

クラウドファンディング最終日は4月18日です。こちらもご支援よろしくお願いします!

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