ライバル増加で
より激化する今年のル・マン
“GR010 HYBRID”は
王座奪還を目指す
~2024 ル・マン24時間/プレビュー~
WRCコラム「WRCな日々」でお馴染みのモータースポーツジャーナリストの古賀敬介さんに、2024年もTOYOTA GAZOO Racingのル・マン24時間挑戦をレポートしてもらいます。
昨年のル・マンは8号車・平川の
追い上げ叶わず悔しさ溢れる2位…
2024年6月15日(土)、23台による史上空前の“ハイパーカーバトル”がスタートする。昨年のル・マン24時間は、100周年大会として世界中から大きな注目を集め、最上位のハイパーカークラスには16台が出場。台数もさることながら、記念大会に相応しい濃密な戦いが24時間を通して続き、ル・マンの歴史に重厚なストーリーが書き加えられた。それから約1年、今年のハイパーカークラスにはさらに多くのマニュファクチャラーとクルマが挑むことになる。昨年以上に華やかで、し烈なレースになるであろうことは想像に難くない。
今シーズンのFIA世界耐久選手権(WEC)ハイパーカークラスには、イタリアのランボルギーニ、フランスのアルピーヌ、そしてドイツのBMWという、プレミアムなブランドイメージをまとうマニュファクチャラーが新たに参戦。さらに、プライベーターに近い体制ながら、イタリアのイソッタ・フラスキーニも独自開発のハイパーカーでチャレンジを開始した。前年まで出場していたグリッケンハウスおよびフロイド・ヴァンウォールが撤退したのはやや残念だが、トータルで見ればハイパーカーのエントリーはより一層充実したものになり、シリーズとしての魅力、戦いの激しさは近年稀に見る高いレベルにある。
このように、注目度が高まる中、2023年のWEC王者であるTGR(TOYOTA GAZOO Racing)は、今年も2台のGR010 HYBRIDをル・マン24時間に送り込む。昨年の100周年記念大会では、強豪チームの宿命としてウェイトなど大きなハンデを背負って戦いに臨み、最終盤までフェラーリと激しいバトルを展開。表彰台の最上段にはあと一歩届かなかったが、8号車のセバスチャン・ブエミ/ブレンドン・ハートレー/平川亮組が総合2位を獲得した。優勝したフェラーリ51号車とのタイム差は81秒。一時、その差は約11秒まで縮まったことを考えれば悔しさ溢れる2位であり、8号車のクルーたちの目には涙が光っていた。
それだけに、今年のル・マン24時間は彼ら8号車、そして非運なアクシデントに巻き込まれて戦列を去ることになった7号車にとって、失地回復の戦いとなる。WECのシリーズタイトルこそ5シーズン連続で守ったが、ル・マンで負った傷はル・マンでしか癒すことができない。TGRの誰もがル・マン24時間での王座奪還を渇望し、それを実現するために、2024年仕様GR010 HYBRIDの開発作業に取り組んできた。
規定に縛られた2024年。
さらに“ドライバーファースト”を
磨き上げる
とはいえ、クルマそれ自体は、厳しいレギュレーションの縛りもあり、2023年仕様車と大きくは変わっていない。BR GT事業室室長の加地雅哉氏は「もっとも力を入れたのは信頼性の向上、そしてドライバーが安定して力を発揮し続けることができるクルマに仕上げることでした」と述べる。加地氏は言及しなかったが、現在のレギュレーション下においては、純粋なパフォーマンスに関しては大きなアドバンテージを得ることは不可能に近い。また、仮に性能向上を果たしたとしても、戦いを盛り上げるためのレギュレーション施策により、シリーズを通してアドバンテージを保つことはほぼ困難である。
ならば、クルマが持つ潜在能力を24時間通して安定して引き出し、ドライバーがミスをしにくいクルマにしようというのが、TGRがたどり着いた結論であり、そのための改良が進められた。まず、パフォーマンスについては、レギュレーションで定められているハイパーカーの「パワーカーブ(※)」に、ハイブリッドシステムのそれを可能な限り近づけ、パワーロスを極限まで減らすべく制御が見直された。決められたパワーカーブから逸脱するとペナルティが課せられてしまうため、これまではかなりマージンをもって制御をしていたと加地氏は言う。しかし、データと経験を積み重ね、フィードバックをより緻密なものとすることで「攻めた」制御を行なうことが可能となり、規定のパワーカーブにより近づけることができたという。
※近年のWEC/ル・マン規定では、パワートレーン(エンジンとモーター)のパワーカーブがグラフ化(乗用車のエンジン出力図に相当)され逸脱しないよう定められている。
24時間を安定して走るためには、ドライバーの力をフルに引き出し、ミスの発生を防ぐことも非常に重要である。TGRが掲げる“ドライバーファースト”に基づいたクルマづくりは、もちろん2023年仕様車でも実行されていたが、「時間的な制約で足りていない部分もありました」と加地氏。一例を挙げると、夜が長いル・マン24時間ではヘッドライトの配光があまり良くなく、視認性の改善を望む声がドライバーたちから上がった。そのため、2024年仕様車ではリフレクターなどを見直し、より効率的に闇を照らすヘッドライトシステムとなった。また路面やタイヤのコンディション変化に応じて、走りながらアンチロールバー(スタビライザー)の効き具合を調整するためのレバーも、ドライバーがより操作しやすく、確実性の高いものに改められた。その他にも、地味ながら非常に重要な意味を持つ改良が随所に施されたのが、GR010 HYBRIDの2024年仕様車である。
このように、クルマの総合力は昨年よりも確実に向上したが、2月に行なわれた開幕戦「カタール1812km」で、TGRの2台は非常に厳しい週末を過ごすことになった。予選でこそ、ホセ・マリア・ロペスの後任として7号車の一員となったニック・デ・フリースがハイパーポールに進み、2番手タイムを刻んだが、8号車は11番手タイムに留まった。そして決勝では、7号車が総合5位、8号車が総合8位と、TGRとしては久々に表彰台を逃す結果に。カタールのフラットな路面が、表彰台を占めたポルシェ963勢に特にマッチしていたこと、GR010 HYBRIDがかなり重いウェイトを搭載していたことで、バランスの最適化や、タイヤへのクルマの合わせ込みおよびマネージメントが厳しかったことなど、敗北の理由はいくつかある。優勝争いに絡むことなくレースを終えたTGRの面々は、厳しいシーズンになると開幕戦を終えて覚悟したという。
続く第2戦、イタリアで開催された「イモラ6時間」では、地元フェラーリの499Pが予選でトップ3を占め、2台のポルシェ963がそれに続いた。TGRは7号車が6番手、8号車は8番手と渾身のアタックにも関わらず上位には食い込むことがなかった。開幕戦に続き、イモラでも車両重量、バランス、そしてタイヤ性能の引き出しに苦労し、ライバルに少なくないタイム差をつけられた。それでも、7号車のアタックを担当したチーム代表の小林可夢偉は「コース幅が狭く、追い抜くことが難しいサーキットです。色々なことが起こると思いますが、自分たちの走りを貫き、タイトル争いのためにも好結果を残せればと思っています」と、ポジティブな姿勢で決勝に臨んだ。
果たして、決勝は小林の言葉通りの展開となった。ドライバーたちはGR010 HYBRIDからパフォーマンスをフルに引き出し、降雨時のタイヤ交換戦略も成功。それによって7号車はトップに立ち、終盤は燃料をセーブしながらペースで勝る後続のライバルを抑え込むという、非常に難しいミッションを小林はやり遂げ、シーズン初優勝を手にした。予選でポールポジションのフェラーリから1秒近く離されていたことを考えれば、望外ともいえる結果であり、ドライバーの実力、そしてチーム力で勝ち取った勝利である。また、8号車も困難なレースを忍耐強く戦い抜き、6位でフィニッシュ。最終ラップ直前まで4番手を走行していただけに、少々悔しいエンディングとなった。
予選では大きな差をつけられながらも、総合力で優勝を引き寄せた。この、イモラ6時間での戦いを再現できるかどうかが、ル・マン24時間のキーになるはずだ。続く第3戦「スパ6時間」では予選、決勝ともに苦戦。8号車は6位、7号車は7位でレースを終え、伝統の一戦での連勝記録は「7」で止まった。スパはこれまでTGRが得意としてきたサーキットであるが、純粋なパフォーマンスはポルシェとフェラーリに叶わず、上位争いに加わることはできなかった。加えて、他車との接触やエネルギー量のマネージメント問題などで2台ともペナルティを受けるなど、ミスも目立つレースだった。例年、スパはル・マン24時間の前哨戦に位置づけられているため、このレースでの敗戦にチームは大きなショックを受けたようだ。
手強いライバルも増えるもTGRは
24時間ミスなく全力を尽くして
勝利を見いだす
以上のように、第3戦までを終えた時点で、スピードについてはポルシェ963とフェラーリ499Pがやや先行している。ワークス以外のクルマも含めると23台のハイパーカーがル・マン24時間に出場することになり、GR010 HYBRIDはBoP(バランス・オブ・パフォーマンス)次第ではあるが、ル・マン24時間でも厳しい戦いを強いられる可能性がある。また、ポルシェやフェラーリだけでなく、昨年も上位争いに食い込んできたキャデラックV-Series.R、そしてリヤウイングレスという実験的なコンセプトから脱却し、第2戦からコンベンショナルなリヤウイングを備えるようになったプジョー9X8も、ル・マン24時間では強力なライバルになり得る。昨年も、長いレースの中で路面や気象などコンディションが変化した際、彼らはトップを走れるほどのいいペースを示していたからだ。さらに、新規参入マニュファクチャラーも1戦ごとに確実に力をつけてきているため、今年のル・マン24時間はサーキットの随所で激しいバトルが繰り広げられるはずだ。荒れたレース展開となることは想像に難くない。
GR010 HYBRIDが再びウイナーに返り咲くためには、すべての条件をクリアする必要がある。サルト・サーキットにクルマを最適化し、タイヤの性能をフルに発揮させることが求められる。そして、たとえ厳しい性能調整が入ったとしても、それに上手く対応し、ハンデの影響を最小限に抑えなくてはならない。その上でチームは無用なメカニカルトラブルを防ぎ、臨機応変に最適な戦略を実行し、ドライバーたちはミスなく24時間を走り抜く必要がある。「言うは易く、行うは難し」。どれほど優れたチームであっても、伝統の24時間レースを完璧に戦うことは不可能に近い。しかし、だからこそ勝機もあるのだ。チャレンジャーの立場として、TGRが、GR010 HYBRIDが、そしてドライバーたちがどのように24時間を戦うのか、非常に興味深い。
若き日本人、宮田莉朋の
ル・マン初挑戦も楽しみだ
今年はもうひとつ、宮田莉朋がル・マン24時間に初出場することにも注目したい。2023年に全日本スーパーフォーミュラ選手権とSUPER GTでダブル王者に輝いた宮田は、2024年活動の場を海外に移し、「WECチャレンジプログラム」によりFIA F2とELMS(ヨーロピアン・ル・マン・シリーズ)で経験を積んできた。ELMSでは名門「クール・レーシング」の一員としてプロトタイプのLMP2をドライブし、開幕戦のバルセロナ(スペイン)では、いきなり優勝を飾るなど、チームメイトと共に早くも好結果を残した。続く第2戦ル・カステレ(フランス)でも宮田は一時首位を走るなど活躍。その後、別のドライバーの走行中にギアボックスが破損しリタイアを喫したが、開幕2戦で既に速さと安定性を証明した。
そして今年のル・マン24時間に、宮田はクール・レーシングのドライバーとして出場することになった。今季、WECはハイパーカーの台数が大幅に増えたことにより、LMP2の出場機会はル・マンのみ。多数のハイパーカーと、今年から導入されたGT3車両との混走となるサルト・サーキットで、LMP2駆る宮田がどのような走りを見せるのか? こちらも、非常に楽しみである。