鋭い牙を剥いた2025年サファリ・ラリーを制したのは
完璧に近いマネージメントを遂行したエバンスだった
WRCな日々 DAY65 2025.4.4
「近年でもっとも苛酷だった」と誰もが驚いた今年のサファリ・ラリー・ケニアを制したのは、エルフィン・エバンス。彼に記念すべきサファリ初優勝をもたらしたのは、ハイレベルなマネージメント能力であり、「フルデイ」初日の金曜日の忍耐強い戦いが、結果的に勝利を呼び込んだといえる。
今年のサファリはステージの総走行距離が383.10kmと、昨年大会より約15km距離が延びた。ただでさえクルマとドライバーに大きなストレスがかかるサファリだけに、ステージ1本分にも相当する15km延長による影響は少なくなく、各チームのエンジニアおよび選手は、より耐久色の強いラリーになるだろうとスタート前に予想していた。その中でもドライバーが特に警戒していたのは、金曜日の1本目「キャンプ・モラン」だった。マサイ族の戦士を意味するモランの名を冠したこのステージは、今年新たに加わった新ステージである。全長31.40kmと今大会最長であるだけでなく、他のステージとやや毛色が異なり、道幅が狭く非常にツイスティな山岳路がひたすら続く。しかも路面はかなり荒れており、大、中、小、様々な岩がゴロゴロ転がり、それらを全て避けて走ることはまず不可能だ。さらに、路肩や「フェシュフェシュ」と呼ばれる目の細かい砂の中には鋭い岩が潜むなど、パンクの危険性が非常に高いステージだった。
例年通り、僕は現地の経験豊富なガイドさんがドライブするサファリ特別仕様のランドクルーザー70に乗り、ステージを下見走行した。本当は自分でハンドルを握りたいところだが、残念ながら日本の国外運転免許証ではケニアの道を走ることができないため、毎年後部座席で車窓の風景を楽しんでいる。しかしキャンプ・モランのステージはドライブを楽しめるような類いのものではなく、前後左右だけでなく、上下にも身体が常に大きく揺すられるウルトラハードな道だった。そのため、ただ座席に座っていただけなのに、ステージを走り終えた時にはヘトヘトに疲れ、首と腰がかなりだるくなっていた。こんな苛酷なステージをレーシングスピードで走る選手たちは、やはり超人に違いないと改めて思った。
レッキ(ステージの事前下見走行)を終えた選手たちに話しを聞くと、やはりキャンプ・モランが今大会最大の難所であると考えているドライバーが多かった。これまでサファリで3回表彰台に立っている勝田貴元もそのひとりであり、どのようなアプローチで臨むべきか、かなり悩んでいた。というのも、キャンプ・モランはフルデイ初日にして4日間で最長の一日であるデイ2最初のステージであり、ミッドデイサービスまでにさらに3本合計47.39kmのステージを走らなければならないからだ。「キャンプ・モランでタイヤやクルマにダメージを負ってしまうと、その後のステージに大きな影響が出てしまいます。ループの最初ではなく最後に設定されていたならば、ハードに攻めても大丈夫だと思うのですが……」と勝田。
他のグラベル(未舗装路)ラリー以上に耐久色が強いサファリでは、全開アタックを続けることは難しい。荒れた路面がクルマに与えるダメージや、パンクの危険性を常に意識しながら、トラブルなく走り切るための最適なスピードを導き出さなくてはならない。キャンプ・モランは全体的に速度域がそれほど高くないコーナーが多いため、クルマの限界で走ることはトップドライバーたちにとってそれほど難しいことではない。問題はどれくらい抑えるかであり、サファリではその抑え具合の違いで他のラリー以上に大きなタイム差がついてしまう。しかし、パンクを喫すれば簡単に2分程度失うことになるため、実に判断が難しいのだ。
昨年のサファリの序盤、勝田は少し様子を見ながら金曜日のステージを走行した。その堅実なアプローチは、それまでのサファリであれば定石といえるものであり、同様にエバンスも確実性の高い走りをしていた。一方、カッレ・ロバンペラは、出走順が良かったとはいえ序盤からプッシュして大きなリードを築き、金曜日が終了した時点で総合2番手のエバンスと総合3番手の勝田に対し、1分程度の大きな差をつけたのだった。その差は翌日以降に勝田がプッシュしても埋めることができず、結果的には序盤からスプリント的なアプローチで戦ったロバンペラがサファリ2勝目を手にした。それもあってか勝田は、サファリで勝つためには序盤からある程度のリスクを負う必要があると実感し、キャンプ・モランに対するアプローチに頭を悩ませていたのだ。
実際にラリーが始まると、勝田は木曜日デイ1の2本のステージを走り終えた時点で、総合2番手につけた。今年もクルマに速さはあり、勝田自身も乗れている。優勝を狙うパフォーマンスは十分にあったように思えた。しかし、金曜日オープニングのキャンプ・モランで勝田はタイヤ2本がパンクし、その影響でベストタイムを刻んだオィット・タナック(ヒョンデ)から2分34秒も遅れ、総合13位に後退した。さらに、スペアタイヤを使い切ったことで、その後の3本のステージは慎重に走らざるを得なくなり、午前中のループが終わった時点で首位タナックとの差は3分12.2秒まで拡がっていた。まさに、勝田が危惧していた通りの望まぬ展開となってしまったわけだが、彼が食あたりによる極度の体調不良と戦いながら走っていたことも、少なからず影響したに違いない。
一方、エバンスとロバンペラは金曜日の午前中を終えた時点でそれぞれ総合2、3番手。エバンスは、ヒョンデのタナックとティエリー・ヌービルがややハイペースで走行していることを認識しながらも、自分自身がベストと思えるペースを忍耐強く維持し続けた。選手権リーダーであるエバンスはステージの出走順がトップであり、ルーズグラべルの掃除役というハンデに苦しむ場面も多々あった。それでも焦ることなく確実性の高い走りを続け、クルマとタイヤをケアしながらステージを重ねた。ロバンペラはエバンスよりもやや安定性に欠け、ベストタイムを刻みながらもハーフスピンでタイムを失い、首位タナックに対し47.1秒、2番手のエバンスに対しては22.4秒の遅れをとることになった。
エバンスの忍耐強い走りが報われたのは、金曜日午後のループだった。午後2本目のSS8をベストタイムで走り切った首位タナックだが、そのステージで駆動系にトラブルが発生。後輪駆動状態で残る2本のステージを走ることになったことで大幅にタイムを失い、逆転で首位に立ったエバンスと55.4秒差、総合2番手のロバンペラと47.7秒差の総合3位に後退した。タナックもそこまで非常に良い走りをしていたのだが、メカニカルトラブルで勝機を失うことになった形だ。トラブルがクルマの信頼性欠如によるものなのか、それともハイペースなドライビングの影響によるものなのかは分かりかねるが、GR YARIS Rally1 4台に大きなトラブルが出なかったことを考えれば、TGR-WRTのアプローチは正しかったといえるだろう。
しかし、今年のサファリは、過去のこの大会で信頼性の高さも武器に勝利数を増やしてきたTGR-WRTにとっても、想像以上に苛酷な環境だったようだ。ラリーは土曜日のデイ3も首位エバンス、2位ロバンペラという陣形のまま進み、ロバンペラは2度のパンクで遅れをととるも2位の座は確実なものにしつつあった。ところが、土曜日の午後1本目のSS14を2番手タイムで走り切ったロバンペラは、その後のリエゾン(移動区間)でストップ。コーナリングライン上にあった石に当たり左リヤのサスペンションに大きなダメージを負っていたのだ。ロバンペラはリエゾンで自力修理を試みたが、完全に直し切ることはできず。足まわりがグラグラと大きく動く安定しない状態で残るステージを走るしかなかった。そのため大きな遅れをとり、首位エバンスから6分以上遅れの総合5位で土曜日を終えることになった。
さらに、ロバンペラは最終日の日曜日のオープニングステージSS17を走り終えた後、電気系のトラブルに見舞われ走行不能に。まさかのリタイアとなってしまった。これでTGR-WRTでは首位エバンスのみが表彰台圏内となり、数度のパンクを喫しながらも合計4本のベストタイムを記録するなどハイペースで走り続けた勝田が総合4番手に。しかし、その勝田も最終のパワーステージでクルマのコントロールを失い横転。近くにいた観客の助けを借りて再スタートし、総合5番手で最終ステージのフィニッシュに到達した。ところが、タイムコントロールから出発しようとした勝田のクルマはエンジンが始動しなかった。横転時にオイル系統にダメージを負ってしまったのだ。勝田は渾身の手押しで何とかフィニッシュランプは通過するもエンジンはかからず。約73kmも離れたサービスパークに帰還しタイムコントロールに到達することができず、残念ながら完走を逃しリタイアとなってしまった。
仲間のポイントゲッターが次々と脱落していく中で、エバンスは日曜日に得られる最大ボーナスポイントの獲得を断念した。確実にフィニッシュを目指す手堅いアプローチでステージを重ね、タイム差をやや縮められながらも危なげない走りでフィニッシュ。自身初の、そしてイギリス人としては2002年のコリン・マクレー以来となるサファリ・ラリー優勝を達成したのだった。普段は優勝してもそれほど大喜びしないエバンスだが、サファリ初優勝はよほど嬉しかったのだろう。フィニッシュ地点でクルマの上にコ・ドライバーのスコット・マーチンと共に立ったエバンスの表情はいつも以上に明るく、心からの喜びが見られた。ラリー終了後、今大会の勝因についてエバンスは「もっと速く走れる、走りたいという誘惑を断ち切り、耐え続けたこと」と答えた。まさに、その通りの展開だったといえる。
これで今季のエバンスの開幕3戦の成績は2位、優勝、優勝とまさに絶好調。もちろんドライバー選手権では首位の座を守り、2番手に対するリードは36ポイントに拡がった。開幕3戦でこれほど大きなポイント差を築いたドライバーは近年おらず、エバンスは悲願の初タイトル獲得に向けて絶好のシーズン序盤戦を送ったといえる。
一方、2023年の世界王者ロバンペラは選手権6番手となり、エバンスとの差は57ポイントに。まだ3戦が終わったにすぎないが、タイトル奪還を目指す彼にとってはあまり良い流れとはいえない。また、マニュファクチャラー選手権についてもTGR-WRTは依然首位ではあるが、サファリでのポイント獲得がエバンスのみだったこと、そしてヒョンデのドライバーが2、3位に入り日曜日のボーナスポイントもフルで稼いだこともあり、差は26ポイントに縮まった。これまでもっとも得意としてきたサファリで、TGR-WRTは5年連続優勝こそ達成したが、正直なところ、信頼性とスピードの両面でアドバンテージはやや目減りしたような印象を受けた。それはつまり、各車、各ドライバーのパフォーマンス差が縮まりつつあるということである。
次戦は、スペインのラリー・イスラス・カナリアス。美しきグラン・カナリア島を舞台とするターマックラリーであり、WRCは初開催となる。それだけにどのチーム、ドライバーも知識と経験は絶対的に不足しており、その上、今季の新タイヤサプライヤーであるハンコックのターマック用ハード・コンパウンドも初投入となる。読めない要素が多くある新イベントがいったいどのような展開になるのか、そして勢力図となるのか、非常に興味深い一戦である。
古賀敬介の近況
WRCはウインターシーズンが終わり、これからは陽光溢れるラリーがしばらく続きます。次戦、WRC初開催のラリー・イスラス・カナリアスは個人的にとても楽しみにしているラリーです。僕が初めてグラン・カナリア島を訪れたのは2001年。「レース・オブ・チャンピオンズ」の取材で行ったのですが、その時の出場選手はセバスチャン・ローブ、フェルナンド・アロンソ、ヴァレンティーノ・ロッシ等々、今考えれば非常に豪華。トップカテゴリーに昇格直前、直後の彼らには、やはり常人離れした高い能力を感じました。ちなみに、その時の総合勝者はハリ・ロバンペラ。カッレのお父さんですが、親子2代でグラン・カナリアのウイナーとなるか? 密かに注目しています。あ、今回のサファリ・ラリーでも「WRCな日々 番外編 こがっちeyes」を撮影しましたので、ぜひぜひご覧になってください!