2022年、WRCは新たなる次代に突入した。
1997年に採用され、25年間に渡りWRCのトップカテゴリーを支えてきたWRカー(ワールドラリーカー)に替わり、ハイブリッドユニットを搭載する「Rally1」が最高峰カテゴリーとなり、車両レギュレーションが一新されたのだ。そこで、2017年シーズンからヤリスWRCでWRCに挑んできたTOYOTA GAZOO Racingは、新たに量産車のGR YARISをベースとする「GR YARIS Rally1」を開発。2022年シーズンの開幕戦ラリー・モンテカルロが、そのデビュー戦となった。
最大のポイント、ハイブリッドユニット
Rally1最大の技術ポイントは、やはりハイブリッドユニットである。エンジン(ICE)自体は、先代のヤリスWRCにも搭載していた、排気量1.6Lの直列4気筒直噴ターボ・エンジンをハイブリッドユニットに最適化した上で継続使用。この、エンジンだけで最高出力380馬力以上を発揮する。それに、最大100kW(約134馬力)を発生するハイブリッドブーストが加わることにより、GR YARIS Rally1は最高出力500馬力以上、最大トルク500Nmという、WRカーを遥かに上回る強心臓を獲得した。ハイブリッドユニットに関しては、各マニュファクチャラーの開発競争が加熱して開発予算が高騰しないようにと、指定サプライヤーが一括供給。3.9kW/hのバッテリーとモーター・ジェネレーター・ユニット(MGU)からなるこのユニットは、市販車であれば後席が設置されるあたりの、後輪車軸近くに搭載される。
レースの世界では、ハイブリッドユニットを搭載するレーシングカーは既に一般的であり、TOYOTA GAZOO RacingもWEC(世界耐久選手権)では、ハイブリッドの先駆者としてTSシリーズを投入。そのテクノロジーは最新のGR010 HYBRIDにも受け継がれている。ハイブリッドブーストのマネージメントや、アクシデント時の安全性確保については、既に十分な実績があるが、ラリーのトップカテゴリーでハイブリッドユニットを搭載するのは今回が初めてとなる。そのため、最高のパフォーマンスを発揮しながらも、いかなる状況でも安全性が保たれることを最重視して開発が行なわれた。
ハイブリッドユニットは、エンジンを始動させずMGUのみで走行することも可能であり、競技区間であるスペシャルステージと、スペシャルステージを繋ぐ移動区間(リエゾン)では、MGUのみで走行する区間も指定されている。アグレッシブな外観のGR YARIS Rally1が僅かなモーター作動音のみで静かに街中を走行する姿は新鮮であり、ラリーの新たなる時代の到来を感じさせるものだ。が、スペシャルステージではエンジンとMGUのダブルでパワーを発揮し、豪快な加速を示す。この落差の大きさもまた、GR YARIS Rally1の魅力である。
ブレーキングにより回生された運動エネルギーは、アクセルオンで「ハイブリッドブースト」として放出される。MGUがどれくらいのエネルギーを放出するのかは、ステージごとに決められており、ハイブリッドブーストの強さは、事前に設定された3パターンのマッピングから選ぶことができる。ただし、マッピングはステージをスタートする前までに決めておく必要があり、走りながら変更することはできない。不具合が起きたりドライバーのフィーリングが合わない場合は、ハイブリッドブーストを走行中にキャンセルすることもできるが、その後1分間はオンにすることはできない。
以上のように、ドライバーはブレーキングでどのようにエネルギーを回生するのか、どのマッピングが最適なのか、アクセルオンで立ち上がるハイブリッドブーストをどのように予想しコントロールするのかなど、今まで以上に頭の中で冷静に計算しながら走らなくてはならない。また、エンジニアも開発段階で最適なマッピングを決定する必要があるなど、要求される技術レベルはさらに高まった。
熱を発しやすいハイブリッドユニットが、風の当たらないクルマの後部に搭載されるため、その冷却も重要な技術的課題である。GR YARIS Rally1を含む全車がボディサイドの後方に冷却用の大きなエアダクトを設け、そこから風を車内後部へと導いている。さらに、GR YARIS Rally1はリヤのバンパー下部に水冷のラジエターと冷却ファンを設置し、ハイブリッドユニットの冷却を実施している。シーズン開幕直後は気温が低いウインターラリーが続くが、シーズン中盤の気温が高いラリーでは、このハイブリッドユニットの冷却性能がパフォーマンスと信頼性を大きく左右することになるだろう。
Rally1となり、シャシーのレギュレーションも大きく変わった。これまでは量産車のモノコックボディをベースに改造を施す必要があったが、Rally1ではスペースフレーム構造の採用も可能となり、GR YARIS Rally1もスペースフレームを採用した。また、アクシデント時にドライバーとコ・ドライバーの安全性をさらに高めるため、ロールケージの構造も大幅に強化され、サイド部には衝撃吸収用の分厚いパッドがビルトインされている。
量産車のGR YARISからの
技術的メリット
Rally1ではベースとなる車両の選択肢を増やすために「スケーリング」という日本のSUPER GTでも採用されている手法を使い、背が高く全長が長いクルマを縮めることも、逆に小さなクルマを大きくすることもできるようになった。そのため、SUVをベースにRally1を開発したマニュファクチャラーもあるが、TOYOTA GAZOO Racingは量産車のGR YARISをベース車とすることで、多くの技術的メリットを享受している。例えば、スケーリングを用いても変更ができないルーフライン。GR YARISは後部に向けて低くなっているが、それがRally1の大型リヤウイングのダウンフォース効果を高めることに繋がっている。また、同様に変更できないフロントのボンネットについても、フロントサスペンションのダンパー上部、トップマウントの位置を最適化できるようなデザインに量産車の段階で既になっているのだ。つまり、GR YARISはRally1のレギュレーションにおいても、ベース車両として優れた設計がなされているのである。
サスペンションは、新しい規則によってダンパーのストローク量が従来のWRカーよりもかなり短くなった。GR YARIS Rally1は四輪マクファーソンストラット形式のサスペンションがストレスなくスムーズに作動するように、前後ダンパーを地面に対して垂直に近い角度で配置している。そして、フロントについては前述のように、GR YARISの基本設計が優れているからこそ、理想的な垂直に近い配置が可能になったのだ。また、ダンパーの下部に繋がる車軸のナックルのデザインも工夫。Rally1では規則により前後で同じナックルを使わなければならず、前後とも最適なジオメトリーが得られるようにと、ダンパーの取り付け部をあえて2パターン設けたのだ。サスペンションを理想通りに動かすための、レギュレーションを堅守した上での工夫である。
アクティブセンターデフの廃止、エアロダイナミクスの変化
Rally1規定となり駆動系で大きく変わったのは、アクティブセンターデフが廃止されたことだ。ヤリスWRCでは、電子制御でセンターデフの作動を細かくコントロールすることで前後の駆動力配分をバリアブルにし、コーナーでのターンのしやすさと、ブレーキングおよび加速時の安定性とトラクション向上を両立させることができていた。それが規則変更で使えなくなったことにより、前後機械式デフのセッティングや、サスペンションの基本設計がWRカーの時代以上に重要になった。TGRヨーロッパのフィンランドファクトリーで開発に携わるテクニカルディレクターのトム・フォウラー、デピュティ・テクニカルディレクターの近藤慶一を始めとするエンジニアたちは、その難題を解決し今まで以上にドライバーが自信を持ってドライブできるクルマにすべく、経験とアイディアを振り絞ってシャシーの設計を行った。
ヤリスWRCの強みのひとつであったエアロダイナミクスについては、やはり規制が強化され、フロントバンパーのカナード、フロントフェンダーのエアアウトレット、リヤバンパーのルーバーなど、これまでの先進的なデザイン手法を使うことができなくなった。それでも、可能な限りダウンフォースを高めるべく、シャープなノーズ形状のフロントバンパー、大きなバーティカルフィンを備える横長のリヤウイングなど、新たなる試みのエアロデザインを実施。GR YARISの基本ボディ形状のアドバンテージもあり、規制が強化されながらも、空力性能に優れたエクステリアに仕上がった。
以上のように、GR YARIS Rally1は、新時代を担うハイブリッドラリーカーとして誕生した。その初戦から非常に高いパフォーマンスを発揮したが、先代のヤリスWRCがそうだったように、これから様々な国の、様々な道で鍛えられながら、より速く、より乗りやすいクルマへと進化していくことになる。
新たなる冒険のストーリーは、今まさに始まったばかりだ。