WEC

世界と戦うジャパンパワー 中嶋一貴編 vol.3

また1年間頑張って来年こそ優勝したい

世界と戦うジャパンパワー 中嶋一貴編 vol.3 また1年間頑張って来年こそ優勝したい

中嶋一貴です。ル・マン24時間レースが終わりました。悲願だった優勝は達成寸前で僕たちの掌からこぼれ落ちてしまいましたが、時間が経ったいま、なぜか爽やかな気分です。戦い抜いた満足感があるのかも知れません。もちろん言葉には表せない悔しさはありますが、それも来年に向けてのエネルギーの元になると考えることで、僕自身は落ち込むことなく、前を向いていることが出来ます。

振り返ってみると、長い時間でした。昨年のル・マン終了から今年のル・マンまでの1年間、とにかく初勝利に向けてチーム一丸になってやって来ました。新しいTS050 HYBRIDが完成し、年の初めからテストを繰り返して来ましたが、去年のクルマからパワーユニットは全て変わって、新しいアプローチが必要でした。でも、テストを繰り返すうちにクルマはどんどん良くなって行き、スパのレースが終了したあとのテストではル・マンで十分戦えるだろうという手応えを得られるほどになっていました。テストは合計8回行いましたが、最初に乗った印象からすると、車両の安定性やハンドリングは、最後のテストではこんなに良くなるのか、と思える程熟成されました。信頼性もテストを繰り返す毎に向上して行くのが感じられました。

ル・マンは6月の最初の週末にテストデーがあり、1週間後に車検、決勝レースはその1週間後です。とにかく最初から最後まで長いんです。テストデーの後、車検でみんなが集まるまでは数日間あいていますが、その間僕はイギリスに行ってきました。イギリスはF1時代に住んでいたので第2の故郷のようで、友人達に会ってリラックスした時間を過ごしてきました。和食も一杯食べましたよ。ル・マンに入ると食べられないですからね。

ル・マンには車検の行われる前日に入りました。1人でパリからレンタカーで入ったんです。チームが取ってくれているホテルで、トヨタのドライバーは全員が集合。サーキットまでもクルマで20分ほどで、便利の良いところです。朝からイベントのない日は少し遅い朝食を取って、サーキットに行く日もありました。ミーティングをして、コースを調べたり写真撮影をしたり、そうやって時間を潰しました。でも、ル・マンウイークが始まると、とにかくいろいろとやらなきゃいけないことがあって、あっという間に予選、決勝と日にちが過ぎていきましたね。

練習走行、予選は水曜日、木曜日の2日間行われましたが、水曜日の夜の予選1回目のタイムでポジションが決まりました。今年のル・マンは天候が不安定で、練習走行でも開始から約1時間を過ぎたところで雨に見舞われましたが、後半、僕が走る時には雨も上がってコースは乾いた状態になり、中古タイヤで車両の確認を行いました。その日の夜の予選一回目、序盤にセバスチャン(ブエミ)が3'21"903のタイムで4番手につけ、最終的にこれが僕たちのポジションになりました。僕が走ったセッション終盤ではトラフィックが多くて100%満足という走りは出来ませんでした。タイム的にはまずまずでしたが、クルマのバランスはもう少し調整した方が良いかなという状態で、コーナーのエントリーでリヤが少し出る(オーバーステア―)一方、コーナーの中ではアンダー(ステア―)が出る感じがあったんです。このクルマの特徴なのかもしれないので、まずは無理をせず、それに合わせた走りをすることにしましたが。

木曜日も夕方の予選2回目の序盤から雨が降り出し、夜の予選3回目までウエット路面状態が続いた影響からタイムアタックは出来ずで、もっぱらレースに向けての準備を行いました。実際のところ予選はLMP1-Hクラスの6台中6番目までに入っていればよく、仲間から大きく離されなければ問題なしと言う感じです。雨の走行では、安定感があり大きな問題がないことを確認できたので一安心でした。予選2回目の走行は夕方7時からなので、昼間は時間が余って困りますよね、時間潰しに。でも、ミーティングなんかがあるので、昼頃からはサーキットに来ていますけど。ミーティングの内容ですか? 特別なことではなく、レース本番で起こりうる事態の確認とか、レース中に突然に天候が変わった時に如何に対処するかといったことを語り合います。走行が終わってからのミーティングではクルマのことが最大テーマになります。

レースは皆さんご存じのとおりの結果です。レースが始まった当初は僕たちのクルマは流れが良くなく、タイムロスもありました。僕が乗ったのはセバスチャン、アンソニー(デビッドソン)についで3番目、スタートから約6時間を過ぎた時点からでした。自分が乗っていないときにはレースを追えていないので、自分たちのクルマがどこを走っているのか余り分かりません。最初に乗った時には、今回は6号車がいい調子だなあ、という感じでした。その時点で6号車がトップで、ポルシェの1号車、2号車がいて、それから僕らのクルマでしたから。でも、日曜日の明け方に2回目の運転を担当したときには6号車との差が10秒以内にまで縮まっていました。夜のうちに6号車にはダメージもあったようだし。

今回のル・マンは1回目、2回目のドライブが結構難しかったですね。トラフィックも多かったし。何年やっても難しいです。だから、カリカリしないで、タイムを上げることよりクルマにダメージを与えないように、と。自分は出来ることだけやって、他のドライバーが頑張れるときに頑張ってもらおうと。その通りに、日曜の朝を過ぎたところでセバスチャンがかなり頑張ってくれてトップに出たので、そこからですね、頑張ればチャンスがあるかなと思ったのは。

3回目のドライブのレース最後のスティントはポルシェの2号車との戦いでしたが、追い上げて来る2号車との差は30秒程度と余りなかったので何が起こるか分からないプレッシャーはありました。でも、この差を詰められることなくコントロール出来たので問題ありませんでした。最後に向こうは緊急タイヤ交換でもう一度ピットへ入って、これで差は約1分20秒に広がりました。この時点では向こうはもう優勝を諦めていたのかもしれませんね。

ゴールの2周前になり、エンジニアから縁石にも乗り上げず、エンジン回転を上げ過ぎることもせず大事に走れと言われたんです。このままリスクを冒すことなくゴールを目指そうとしたその瞬間に突然パワーがなくなって、一瞬僕は何か間違った操作をしたのだろうかと思ったほどです。それほど突然のことでした、パワーがなくなったのは....。エンジニアから無線で指示されるままいろいろと試しながらパワーの回復をトライしましたが結局駄目だったので、メインストレートに帰って来たところにクルマを止めてシステムのリセットをし、最後はエンジンだけで1周ゆっくり走って帰ってきました。制御系のトラブルならクルマの中でどうにか出来る手段もありますが、今回はそれが出来ませんでした。今回は勝てたと思ったレースでしたが、いろんなことが起こりますね。まさかという思いです。

長い1週間を送って来た最後にこれだけ長いレースをやり、その結果がこれだとさすがに精神的に疲れました。暫く何もしたくないって言う思いです。勝っていたら心地よい疲れだったかもしれませんが....。

ただ、このレース、世界中で何人が見ているのか知りませんが、テレビ観戦などで1億人は見ているんじゃないですかね。だったら、1億人のトヨタ・ファンが出来たかもしれませんね。それだけは、やった甲斐があったなと思います。結果こそ残念でしたが、何かしらの意味はあったのかなと思います。来年のル・マンまで長いですが、また1年間頑張って来年こそ優勝を目指します。

  • リパブリック広場で記念撮影するドライバーたち
  • 中嶋一貴
  • 予選2回目は大雨に見舞われた
  • メカニックと話す中嶋一貴
  • 決勝スタート直前の中嶋一貴
  • 決勝レースを戦うTS050 HYBRID 5号車
  • サルト・サーキットを走るTS050 HYBRIDの2台
  • ホームストレート上でシステムのリセットを試みるTS050 HYBRID 5号車
  • レース終了後抱きかかえられてピットに戻る中嶋一貴
  • 第3戦ル・マン24時間レースを終えて振り返る中嶋一貴

中嶋一貴編

小林可夢偉編

エンジニア編