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WRC 2017 第13戦 ラリー・オーストラリア

サマリーレポート

WRC Rd.13 オーストラリア  サマリーレポート

最速を求め最後まで攻め続けた結果のリタイア
失った2位以上に多くを得たシーズン最後の戦い

ハイライト動画

 ヨーロッパを拠点とするチームにとって、ラリー・オーストラリアは、今年のWRCカレンダーの中で「もっとも遠い国」で行われるラリーである。距離が離れているだけでなく時差も大きく、季節も北半球とは逆になり、11月は夏季に相当する。そのため、選手やチームスタッフはまず身体をオーストラリアの環境に慣らすことからラリーウイークをスタートした。また、本来であればクルマもオーストラリアの道で事前にテストを行ない、セッティングを詰めたいところだが、ヨーロッパ圏外での開発テストは規則で禁じられている。そのため、チームはオーストラリアのコースと似た道をヨーロッパ内で探すことになるのだが、それは容易ではない。

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 「オーストラリアのグラベル(未舗装路)コースは、他のどのラリーとも似ていない。何とも表現するのが難しい道なんだ」と、エサペッカ・ラッピは言う。ヤリ-マティ・ラトバラは「全体的には高速で、ドライならばラリー・グレートブリテンに近いかもしれない。しかし、ウェットになるとまた特性が変わるし、コースのある部分はラリー・ニュージーランドに似ている。様々な要素が入り混じる複雑な道だ」と説明する。つまり、ひと言で特徴を表現することが難しい、多様性を持ったコースなのである。そのため、TOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamにとっては参戦初年度の締めくくりに相応しい1戦となった。

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クルマの弱点を克服し自信を持ってラリーをスタート

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 今シーズン、ヤリスWRCはスノーラリーのスウェーデンと、グラベルラリーのフィンランドで優勝を果たした。いずれもハイスピードなラリーであり、未舗装路としては路面のグリップが比較的高い。そのような条件においては、ヤリスWRCは既に優勝する実力を備えているといえるだろう。しかしその一方で、グリップレベルが低いグラベルラリーでは苦戦することが多く、アンダーステアとトラクション不足が1年を通して大きな課題だった。シーズン終盤のグラベルで苦戦したのは主にそのふたつが理由であり、最終戦のオーストラリアに向けてもぎりぎりまで開発が続けられた。



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 オーストラリアでの最初の走行チャンスとなった木曜日のシェイクダウンでは、ラトバラとラッピで異なる足まわりのセッティングを試し、比較テストを実施。その結果、満足できるハンドリングが得られた。そして、オーストラリアで十分な実戦経験があるラトバラは、トップ争いができるという自信を持ってラリー本番に臨んだ。しかし、ラトバラはSS1のスタート直後にクルマのフロントまわりを破損。フロントのダウンフォースが得にくくなり、前後の空力バランスが崩れハンドリングが悪化してしまった。ヤリスWRCに限らず、今年の新規定WRカーはエアロダイナミクスがハンドリングに及ぼす影響が大きく、得られるものも多いが、破損によって失うものも少なくない。加えてラトバラは、SS1でコ・ドライバーとの通話に必要なインターコムの配線に問題が生じ、ペースノートの情報を得られないまま走行。SS2では自分で配線を修理しそのトラブルは解決したが、ラトバラにとっては苦難のスタートとなってしまった。しかし、日中のサービスでメカニックの手によりエアロパーツの修復がなされると、午後のSSではクルマのフィーリングが好転し、表彰台を狙える位置で1日を終えた。

鍛え上げられた強靭な肉体で問題を乗り越えたラッピ

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 一方、ラッピはSS2でパワーステアリングに問題が発生し、パワーアシストがない状態の重いステアリングと格闘した。抑えが効かずスピンをするシーンもあったが、それでもラッピは重さを増したヤリスWRCの手綱を全力で制御し続けた。そして何とか午前中のSSをすべて走破し、ラッピはサービスパークへと帰還。彼の腕は長時間の負荷によりパンパンに張っていた。普段から入念にフィジカルトレーニングしているからこそ、ラッピは重いステアリングでもSSを走りきることができたのだ。残念ながら大幅にタイムを失ってしまいはしたが、それでもラッピは前向きな気持ちを失わなかった。



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 競技2日目、デイ2はラリー・オーストラリアの複雑さと難しさが浮き彫りになった。不定期に降る雨によってコースは一部がドライ、一部がウェットという一貫性のない路面コンディションに。そのような状況ではタイヤ選びが特に重要になるが、チームの気象クルーによる予想が的中し、ラトバラのタイヤ選択は結果的に成功した。さらに、ウェットとドライが入り混じる難コースでヤリスWRCは良好なハンドリングを示し、ラトバラは自信を持ってSSを攻め続けた。SS9では2番手タイムを、SS10ではベストタイムを記録。多くの選手がトリッキーな路面に躊躇しタイムを落とす中、ラトバラは安定して速いタイムを刻み続け、総合2位に順位を上げることに成功した。また、ラッピも不利な1番手スタートながら着実な走りを実践し、最終日に向けてソフトタイヤを温存するなど戦略的にデイ2を戦った。難しい条件下で走り続ける中でラッピは様々なヒントを見つけ、経験と実力を高めていったのである。


トリッキーなコンディションでラッピは成長を証明

 ラリー最終日となったデイ3は、前日以上に天気が不安定となり、競技中に突然強い雨が降り始め、グラベルは一気にぬかるんだ。オーストラリアのグラベルは少しぐらいの雨ならば素早く吸収し、乾くのも比較的早い。しかしデイ3の豪雨は路面の吸収力を遥かに越え、下り坂ではまるで川のように勢いよく泥水が流れたほどである。ソフトタイヤをもってしてもグリップはまったく得られず、経験豊かなトップドライバーたちは「恐ろしいぐらい滑る。まるで木々に覆われたスケートリンクを走っているようだ。最悪だと思っていたラリー・グレートブリテン以上に滑る」と、驚きの声を発した。デイ3でも不利な1番手スタートを担ったラッピは「まったくコントロールがきかない。ボートに乗っているようだ」と、やはり驚きを隠さなかったが、それでも巧みなドライビングで難局を乗り切った。そして、ボーナスポイントがかかる最終SSのパワーステージでは、狙いすました走りで3番手タイムを記録。総合6位でWR カーのデビューシーズンを締めくくった。

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“最速”を求めラトバラは最終SSまで全開アタックを続けたが……

 ラトバラは、1位と20.1秒差の2位でデイ3をスタートし、逆転優勝に賭け果敢にアタックを続けた。SSを走行中に大雨に見舞われるなど不利な条件も重なったが、それでもSS18でラトバラは1位と9.9秒差に接近。滑りやすい道でヤリスWRCは自信を持って走れるクルマに仕上がってきたことが証明され、ラトバラは最後の最後まで攻めの姿勢を貫き通した。そして最終のパワーステージでも全力アタックを敢行したが、左コーナーのイン側にあった木の切り株に左前輪が当たり、足まわりが破損。ラトバラはコントロールを失い、コーナー外側に逸脱しマシンを止めた。2位を目前にしながらの、それはあまりにも劇的かつ非情なエンディングだった。

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 「コーナーのインに少しだけ早く入り過ぎた。すべては自分の責任だ。チームに対し申し訳なく思う」
 サービスへと戻ってきたラトバラはさすがに意気消沈していた。しかし、これまで相性が良くなかったトリッキーな路面コンディションで、ヤリスWRCがトップを争う力を発揮したのは、ラトバラが全力で攻め続けたからこそだ。いかなる路面でもドライバーが自信を持ってアタックできるクルマを作るという目標が、シーズン最後のラリーでついに達成されたのだ。残念ながらその進化が結果として実を結ぶことはなかったが、開発の方向性が間違ってはいなかったことは証明され、チームにとっては来シーズンに向けて大きな希望を持てる最終戦となった。全体として見れば、落胆以上に、多くを得たラリーだった。

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順位が奮わなかったラリーこそ、得られるものは多い

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 チームの総代表として、WRC復活1年目を見てきた豊田章男は言う。
「スウェーデンとフィンランドで優勝できた時は、最高に嬉しい瞬間でした。しかしながら順位が振るわなかったラリーこそ、我々自身にまだ力が足りないと道が教えてくれたラリーだと思います。オーストラリアでも最後の最後に、表彰台を目前にしたラトバラがストップしてしまいました。まだ我々には足りない何かがあるのだと思います。 そうした経験を繰り返せることが私どもにとっては、より嬉しいことでもあります」
 ほぼゼロに近い状態からスタートしたTOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamは、その初年度に多くの喜びと落胆を経験した。2回の勝利はまるで砂糖菓子のように甘美で、日々努力を続けてきたチームのスタッフにとってはモチベーションに繋がる極上の褒美となった。しかしトラブルやアクシデントによって結果が伴わなかった多くのほろ苦いラリーもまた、大切な栄養素となり、チームとクルマの成長に重要な役割を果たしたのだ。善し悪しが結果という形でハッキリと浮き彫りになるのが、モータースポーツの面白さであり、厳しい部分でもある。重要なのは、同じミスを繰り返すことなく、マイナスをプラスのエネルギーに転化すること。2017年の経験を踏まえ、来季チームはさらなる高みを目指す。



RESULT
WRC 2017年 第13戦 ラリー・オーストラリア

順位ドライバーコ・ドライバー車両タイム
1ティエリー・ヌービルニコラス・ジルソーヒュンダイ i20 クーペ WRC2h35m44.8s
2オット・タナックマルティン・ヤルヴェオヤフォード フィエスタ WRC+22.5s
3ヘイデン・パッドンセバスチャン・マーシャルヒュンダイ i20 クーペ WRC+59.1s
4セバスチャン・オジエジュリアン・イングラシアフォード フィエスタ WRC+2m27.7s
5エルフィン・エバンスダニエル・バリットフォード フィエスタ WRC+3m05.6s
6エサペッカ・ラッピヤンネ・フェルムトヨタ ヤリス WRC+3m49.5s
7クリス・ミークポール・ネーグルシトロエン C3 WRC+22m58.4s
8リッチー・ダルトンジョン・アレンシュコダ ファビア R5+24m39.6s
9ネイサン・クインベン・サーシーミツビシ ランサーエボリューションIX+25m03.4s
10ディーン・へリッジサム・ヒルスバル インプレッサ WRX STI+29m52.3s
Rヤリ-マティ・ラトバラミーカ・アンティラトヨタ ヤリス WRC