ラリーの半分以上をリードしながらも上位フィニッシュならず
シーズン唯一のミックスサーフェス・ラリーで失速の原因とは?
WRC第12戦ラリー・スペインで、TOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamは第6戦ラリー・ポルトガル以来、表彰台を逃した。最高位はオット・タナックの6位。エサペッカ・ラッピは7位、ヤリ-マティ・ラトバラは8位とトップ5に入る事ができず、結果は惨敗である。しかしラリーの内容自体は、結果ほどは悪くなかった。キャンセルとなった1ステージを除く17本のSSで、タナックとラトバラはそれぞれ4回のベストタイムを記録した。そしてタナックは7ステージ連続で、ラトバラは4ステージ連続でラリーをリード。つまり、数字の上ではチームはラリー全体の6割近くを支配していた事になる。それでも表彰台に届かなかったのは一体なぜだろうか? 大きな理由としてはパンクによる遅れが挙げられる。
グラベルからターマックへ、そして刻々と変わるコンディション
ラリー・スペインはシーズン唯一の「ミックスサーフェス・ラリー」であり、クルマは最初の2日間をグラベル(未舗装路)仕様で、その後の2日間をターマック(舗装路)仕様で戦う。競技2日目終了後、クルマは75分間のサービスで仕様変更され、タイヤ&ホイール、サスペンション、ブレーキ、駆動系、アンダーガードといったパーツがターマック仕様に置き換えられる。そのため、ふたつの異なるラリーを続けて戦うようなものだと言われる事が多い。
ただし、状況はさらに複雑で、デイ1、デイ2はグラベル仕様でかなり長いターマック区間も走行しなければならない。続くデイ3、デイ4はターマック路面のみだが、今年は雨の影響もあり、ドライ、ダンプ(少し湿った状態)、ウェットと路面コンディションは頻繁に変わった。規則によりターマックでは3タイプのタイヤを選ぶ事ができ、ハード、ソフト、そして完全な雨用タイヤであるフルウェットからのチョイスとなる。さらに、グラベル用タイヤもハードとミディアムの2種類が用意されるなど、路面に最適なタイヤを選ぶのは容易でなく、チームの総合力も試されるラリーとなった。
グラベルセクションでタナックが快走、トップに立つ
タナックは、グラベルステージが舞台となった、デイ2最初のSS2でベストタイムを記録しSS3で首位に立つと、デイ2最終のSS7までリードを守った。デイ2終了時点で総合2位との差は26秒8と大きく開いており、理想的な形でグラベルセクションを戦い終えた。一方、ラトバラはSS3終了時点でタナックに続く総合2位につけていたが、SS4で左後輪をパンク。40秒以上の遅れを喫し、総合10位まで順位を落としてしまった。しかし、その後SS6、SS7でベストタイムを刻むなど猛然と追い上げ、首位タナックと37.6秒差、総合2位と10.8秒差の総合5位まで順位を挽回しデイ2を終えた。タナック、ラトバラ共に「グラベルでのクルマのフィーリングはとても良く、自信を持って走れた」と、ヤリスWRCのパフォーマンスに手応えを感じていた。
ターマックでも好調だったタナックがパンクで大きく後退
ターマックラリーとして始まったデイ3は、降雨により路面は全体的に濡れていた。時間の経過と共に乾いていく可能性もあったが、チームは気象情報を担うウェザークルーと、SS開始直前にステージを走行して路面の状態を各選手に伝えるセーフティクルーからの情報を基に、フルウェットタイヤを選択。ライバルの多くはドライ用のソフトタイヤを選んだが、チームの判断は正しかった。濡れた路面でフルウェットタイヤは非常に高いグリップ性能を発揮し、タナックはSS9でベストタイムを記録。総合2位との差を32.9秒に拡げた。そして、ラトバラは2番手タイムで総合4位浮上を果たした。
ウェットタイヤを装着した状態でもヤリスWRCのハンドリングは良好で、絶対的なパフォーマンスに加え、扱いやすさが大幅に増したエンジンも、滑りやすい路面でのコントロール性向上に一役買った。タナックとラトバラは大きな自信を持って雨で濡れたターマックステージを走り続けたが、タナックの快走はSS10でパンクに阻まれる事になってしまった。
スペインの舗装路は、未舗装の路肩があるコーナーも多く、路肩は路面よりも1段低くなっている。ラリーカーはより直線的にコーナーを駆け抜けるべく、イン側の路肩部分にタイヤを落としながら走行する。いわゆるインカット走法であるが、舗装路のエッジ部分がギザギザに削れているコーナーもあり、タナックはそのエッジでタイヤを痛めてしまった可能性が高い。インカットを控えめにすればパンクの危険性は減るが、少なからずタイムに影響が出る。スピードをとるか、それとも安定性を重視するか。ケース・バイ・ケースではあるが、結果的にタナックはパンクによりタイヤ交換を余儀なくされ、首位の座と勝機を失った。そして、可能性を残していたドライバーズ選手権争いにおいても、かなり厳しい状況に追い込まれてしまった。
ラトバラが連続ベストタイムで総合1位に立つ
一方、好調のラトバラはSS10でベストタイムを記録し、総合2位にポジションアップ。同SSでは、走りのリズムが徐々に合ってきたラッピも2番手タイムを刻むなど、調子は上向いていった。続くSS11ではラトバラがついに首位に立ち、その後2位との差をじわじわと拡げていった。午後のステージに関してタイヤ選びは完全に正解だったと言い切れないが、それでもラトバラは各SSを上手くまとめ上げ、2位セバスチャン・オジエに4.7秒差をつけてターマック初日のデイ3を締めくくった。
迎えたラリー最終日のデイ4は、4本のターマックSSが戦いの舞台に。早朝、路面は雨で濡れている部分も多く、フルウェットタイヤの必要性はなかったが、少し湿った低い温度の路面でも効果を発揮するソフトタイヤが正解だと思われた。そのため、トヨタの3名を含む多くのドライバーがソフトを中心とするタイヤ選択でステージへと向かった。しかし、上位勢では唯一、総合3位のセバスチャン・ローブがハードタイヤのみを選択した。スペインで何度も優勝経験がある元世界王者のローブは、かなり大きなリスクを伴うハードタイヤで大逆転を狙ったのだ。彼は1シーズン3戦のみのスポット出場であり、シリーズを通しての選手権リザルトは狙っていない。だからこそ、ギャンブル的ともいえるタイヤチョイスをできたともいえる。シリーズを戦うレギュラー勢にとっては、あまりにもリスキーで除外せざるを得ない選択肢だった。
濡れた路面でのタイヤ選択の違いが大きな差に
しかし、結果的にローブのタイヤ選択は完全に当たり、乾き始めた路面でハードタイヤは抜群の効果を発揮した。ラトバラはオープニングのSS15で首位の座をローブに明け渡し、総合2位に後退。まだ十分に挽回可能なタイム差だったため、SS17では勝負に出た。途中までは非常に良いペースで走行していたが、左コーナーでコントロールを乱しガードレールに接触。左前輪のホイールにダメージを受けてパンク状態となり、50秒近くタイムロス。ステージをフィニッシュした時、ラトバラの順位は総合6位まで落ちていた。「自分のミスだ。チームに申し訳なく思う」とラトバラは大きく肩を落とし、最後のステージを完走第一のペースで走り失意の総合8位でラリーを終えた。
パワーステージ最速のタナックが最終戦に希望を繋ぐ
最終ステージのSS18は、トップ5タイムを記録した選手にボーナスの選手権ポイントが与えられる「パワーステージ」に指定されていた。デイ3でのパンクにより表彰台フィニッシュのチャンスを失っていたタナックは、パワーステージで持てる力をすべて発揮。今大会4回目のベストタイムで、最高得点となる5ポイントを獲得した。また、総合順位でも6位に上がり、合わせて13ポイントを加算。その結果、ドライバーズタイトル獲得の可能性を繋ぎ止める事に成功した。「もちろん状況は非常に厳しいが、諦めずに最後まで全力で戦い続ける」とタナック。勝つチャンスがあったラリーを2戦連続で落としたのは痛いが、ファイティングスピリットは失っていない。
マニュファクチャラー選手権においては、総合6位タナックと7位ラッピのポイント加算により、首位の座を守る事ができた。2位のチームとの差は20ポイントから12ポイントに縮小したが、チームは最終戦ラリー・オーストラリアに自信を持って臨む。オーストラリアはグラベルラリーであるが、改良が進んだ現在のヤリスWRCは、グリップがあまり高くないグラベル路面でも速さを発揮できるようになった。また、ラリー・GBでタナックの優勝を阻む原因となった、フロント部の耐衝撃性不足についても入念な対策を施した。クルマの下まわりを守るアンダーガードの構造等を見直して強化し、大きな力が加わっても、それが冷却系には伝わらず破損を回避するような強化改良型アンダーガードを、ラリー・スペインのグラベルで採用したのだ。事前のテストでは路面に大きな石を埋め込みその上を走り、あえて大きな衝撃を受けるという過酷なテストをした。そして、スペインのグラベルで新しいアンダーガードはクルマをきちんと守りきった。
タイトル争いを勝ち抜くためには速さだけでなく確実性も必要
今回のスペインの結果を受けて、チーム代表のトミ・マキネンは次のようにラリーを総括した。
「とてもアップ&ダウンの大きなラリーだった。速さは十分にあっただけに、結果はやはり残念だ。オットとヤリ-マティは、それぞれ良い位置につけながらもパンクとドライビングミスで勝機を失ってしまった。チャンピオンシップで勝ち残るためには、常に全開ではなく時に1歩引く勇気も求められる。そういった、シーズンを考えたラリーの戦い方についても、我々はさらに学ばなければならない」
RESULT
WRC 2018年 第12戦 ラリー・スペイン
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム |
---|---|---|---|---|
1 | セバスチャン・ローブ | ダニエル・エレナ | シトロエン C3 WRC | 3h12m08.0s |
2 | セバスチャン・オジエ | ジュリアン・イングラシア | フォード フィエスタ WRC | +2.9s |
3 | エルフィン・エバンス | ダニエル・バリット | フォード フィエスタ WRC | +16.5s |
4 | ティエリー・ヌービル | ニコラス・ジルソー | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +17.0s |
5 | ダニ・ソルド | カルロス・デル・バリオ | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +18.6s |
6 | オット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリスWRC | +1m03.9s |
7 | エサペッカ・ラッピ | ヤンネ・フェルム | トヨタ ヤリス WRC | +1m16.6s |
8 | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC | +1m26.4s |
9 | クレイグ・ブリーン | スコット・マーティン | シトロエン C3 WRC | +2m07.0s |
10 | アンドレアス・ミケルセン | アンダース・ジーガー | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +2m48.2s |