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WEC 参戦記 2017 中嶋一貴編 vol.1
「2013年以来の表彰台の真ん中は良い気分でした」

WEC 参戦記 2017 中嶋一貴編 vol.1 「2013年以来の表彰台の真ん中は良い気分でした」

シルバーストーンのレースを振り返って、まずは優勝できて良かったというのが正直な感想です。いつのシーズンも開幕戦で勝つというのは大変なことです。車両の競争力も含めて自分たちの実力が相手に対してどうなのか、判断する材料が少ない。開幕戦はそんな状態で戦うわけですから、もう自分たちの力を信じるしかないわけです。今年はアウディがいなくなったとは言え、強敵ポルシェがいます。我々も冬の間テストを重ねてきましたが、彼らもタップリ走り込んできたはずです。3月のモンツァでの合同テストでも特にロングランでは鋭い速さを見せつけられ、今年も激しい戦いなることが予想されました。案の定、開幕戦シルバーストーンは厳しいレースになりましたが、何とか我々TS050 HYBRIDが勝つことが出来ました。僕が表彰台の中央に立ったのは久し振りで、やっぱり良い気分でした。

今年の我々の強みは何といっても新しいTS050 HYBRIDの戦闘力アップです。レギュレーションで空力ダウンフォースを減らされたんですが、トヨタやTMGの技術者の皆さんはそれを取り戻して余りある性能を盛り込んできてくれました。テストで走った時からTS050 HYBRIDの運転しやすさを実感しました。運転しやすいということはレーシングカーにとってとても大切なことで、特に耐久レースのクルマには欠かせない要素です。
パワーユニットの出力という面では、昨年と大きな差を感じませんが、それより、レスポンスとか燃費などの性能を上げることに技術者の人は力を注いでくれました。搭載燃料も燃料流量も決まっているので、燃費が良ければ良いほど戦略に自由度が広がります。その点、今年のTS050 HYBRIDは申し分ありません。

ところで、ご存じかと思いますが、TS050 HYBRIDにはハイ・ダウンフォース(車両を地面に押し付ける力が強いが空気抵抗も増える)とロー・ダウンフォース(地面に押し付ける力は小さくなるが空気抵抗は減る)の2つの空力仕様がありますが、我々はシルバーストーンにはハイ・ダウンフォースの空力仕様の設定で臨みました。シルバーストーンは高速コーナーが多いので、そこでタイムを稼ぐにはハイ・ダウンフォース仕様が向いているからです。一方、我々が最大目標にしているル・マンは長い直線がメインのコースで、とにかく最高速を延ばすためにロー・ダウンフォース仕様を持ちこみます。もちろん両方の仕様をテストで走らせており、僕個人としては両方とも良い感触を得ていました。

さて、ここからは実際のレースに関しての報告ですが、まず土曜日に行われた予選です。タイムアタックは僕とアンソニー・デビッドソンの2人で行い、平均タイムが採用されました。1分37秒593。まずまずのラップタイムだったと思ったのですが、最速タイムを出した可夢偉の#7号車に0.2秒及ばず2番手でした。クルマは問題ありませんでした。すごく乗りやすかったし、それに速い。高速コーナーなんてこれ以上求めたら贅沢かなというレベルでした。だから、#7号車のタイムに追いつけなかったのは半分ドライバーのせいだったかもしれませんね。大きな失敗はありませんでしたが、あと少し、というところでしたね。

決勝レースはセバスチャン・ブエミのスタートで、僕はデビッドソンの後、3番目にドライブしました。ポールポジションからスタートした#7号車は序盤を過ぎたあたりからリヤのサスペンションに不具合が発生して、中盤、新人のホセ・マリア・ロペスに代わって運転し始めたところでクラッシュ、ヒヤリとする場面がありました。その時点で我々の#8号車は2位のポルシェ#2号車に30秒以上の大差を付けていたのですが、#7号車のクラッシュ処理によってセイフティカーが入ってその差は殆どなくなり、改めてプッシュしなくてはいけませんでした。決勝レースでは、ポルシェが結構速いんですよ。もちろん最初から侮ってはいませんが、彼らはロー・ダウンフォースの空力仕様で来ているんです。だから特に直線は凄く速い。それにドラッグ(空気抵抗)が少ない分燃費も良い。スパやル・マンを見すえて練習しているんじゃないかと思いました。

結局、最終的に我々が逃げるポルシェ#2号車を振り切って勝利をあげることが出来ました。我々のクルマは全くのトラブルフリーで走り切りました。ただ、予想以上に気温と路面温度が低く、加えて途中で雨が降ってきてタイヤの選択に悩んだりで、とても苦労しました。でも、ほぼ当初の想定通りに走れたので満足しています。最後のスティントのセバスチャンとポルシェ#2号車のハートレーの攻防戦は見所がありましたね。両車の最後のピットインが終了し、残り30分となった時点でセバスチャンは、トップのハートレーに8秒差を付けられていたんです。この時、ハートレーのタイヤは2スティント目。一方、僕らは新品タイヤだったので、すぐに追いつけると思っていました。でも、最後になって弱い雨が降ってくるし、見ていて本当に疲れました。でも、セバスチャンならやってくれると思っていました。アンソニーはずっと叫び続けて応援してましたよ。ゴールまであと8周となったところで、セバスチャンがハートレ―を抜いたときには思わず拳を握りました。

WECで表彰台の真ん中に立つのは2013年の富士以来なんです。やっぱり真ん中は良いですね。もう少し楽に行けると思っていましたが、想定以上の路面温度の低さによって僕らがタイヤのグリップ不足に苦しんだことが、ポルシェとの接近戦になった一因と思います。

次はル・マンの前哨戦スパ6時間レースです。スパでは再度ハイ・ダウンフォースの空力仕様で挑みます。僕らがどこまで上手くレース戦略を立てられるかが勝負だと思います。でも、天候不順等の不確定要素もあるので、行ってみないと分かりませんね。それでもル・マンではいい戦いが出来る気がします。とにかく今年のTS050 HYBRIDは抜群に良いクルマなので、今年こそはル・マンで勝ちにいきます。

  • アンソニー・デビッドソンと話す中嶋一貴
  • ピット内のTS050 HYBRID
  • TS050 HYBRIDに乗り込む中嶋一貴
  • シルバーストーンを走るTS050 HYBRID
  • サインに応じる中嶋一貴
  • シルバーストーンを走るTS050 HYBRID
  • シルバーストーンを走るTS050 HYBRID
  • シルバーストーンで優勝した中嶋一貴、アンソニー・デビッドソン、セバスチャン・ブエミの3人

小林可夢偉編

      中嶋一貴編

          国本雄資編